尾張屋新田(読み)おわりやしんでん

日本歴史地名大系 「尾張屋新田」の解説

尾張屋新田
おわりやしんでん

[現在地名]西区西平沼にしひらぬま

東北のそでヶ浦とよばれた入海帷子かたびら川河口に土砂堆積でできた寄洲を開発した新田。東南は戸部とべ村、西南岩間いわま町、西は帷子川を隔てて芝生しぼう村に接する。宝暦年間(一七五一―六四)大師河原だいしがわら(現川崎市川崎区)の池上太郎左衛門が埋立を計画し、久良岐くらき郡の太仲に開発させ、その子武平次に至って高五尺、幅四間の潮除堤を築いて新田を完成させた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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