尾張洋学館跡(読み)おわりようがつかんあと

日本歴史地名大系 「尾張洋学館跡」の解説

尾張洋学館跡
おわりようがつかんあと

[現在地名]中区三の丸

江戸末期の藩士蘭学国学に優れた上田仲敏が、シーボルト門下の藩医伊藤圭介らと協力して、名古屋城三の丸の自邸内に開いた蘭学塾。尾張の蘭学は文化―文政期(一八〇四―三〇)から始まり、嘉永―安政年間(一八四八―六〇)に盛んとなった。この塾の学生数は延べ数百名に及び、柳河春三・宇都宮三郎らの英才を出した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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