屋島城跡(読み)やしまじようあと

日本歴史地名大系 「屋島城跡」の解説

屋島城跡
やしまじようあと

[現在地名]高松市屋島西町

屋島台地の北嶺に築かれた古代の山城。「日本書紀」天智天皇六年(六六七)一一月条に「築讃吉国山田郡屋嶋城」とみえる。同城は、同二年八月の白村江の戦で唐・新羅の連合軍に大敗したのち、その侵攻に備えるため近江朝廷が西日本の各地に築城した朝鮮式山城の一つ。西麓の浦生うろの集落背後から小川をさかのぼっていくと標高一〇〇メートル辺りに石塁や水門跡、台状遺構が認められる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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