近江朝廷(読み)おうみちょうてい

百科事典マイペディア 「近江朝廷」の意味・わかりやすい解説

近江朝廷【おうみちょうてい】

天智天皇・弘文天皇(大友皇子)の朝廷のこと。667年の近江大津宮への遷都から,672年の壬申の乱による廃都までの5年余。近江令の制定(疑問視する説もある),庚午年籍(こうごねんじゃく)の作成,太政大臣・御史大夫(ぎょしたいふ)などの新官制の設置などにより中央集権化を推進,律令制成立の基礎を築いた。
→関連項目宇治橋

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「近江朝廷」の解説

近江朝廷
おうみちょうてい

淡海朝廷とも。天智天皇と弘文天皇の両朝をさす語。天智天皇が667年(天智6)近江の大津(現,滋賀県大津市)に遷都し,次の弘文天皇(大友皇子)まで都であったことによる。天智天皇は白村江(はくそんこう)の敗戦後の緊迫した状況のなかで,近江遷都,庚午年籍(こうごねんじゃく)の作成,官制の整備などを行い,律令制国家の形成を一歩進めたが,天皇死去の翌672年,壬申(じんしん)の乱が勃発し,弘文天皇は敗死して,近江朝廷は終りを告げた。

出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報

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