山川陵(読み)やまがーりよう

日本歴史地名大系 「山川陵」の解説

山川陵
やまがーりよう

[現在地名]那覇市首里山川町二丁目

首里城外の北北西、近世の山川村の北西部にある琉球王尚家の脇墓。ヤマガーヌタマウドゥンとよばれる。尚家の陵墓は首里にはほかに玉陵たまうどうん宝口たからぐち(宝口の玉うどうん)がある。本覚山ほんかくさん(金武按司家の墓)の西にある。墓室は西北西を向き、石灰岩の自然洞窟を利用して造営されている。築造年代は不明だが、当初王夫人の墓として造営されたようである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む