山川陵(読み)やまがーりよう

日本歴史地名大系 「山川陵」の解説

山川陵
やまがーりよう

[現在地名]那覇市首里山川町二丁目

首里城外の北北西、近世の山川村の北西部にある琉球王尚家の脇墓。ヤマガーヌタマウドゥンとよばれる。尚家の陵墓は首里にはほかに玉陵たまうどうん宝口たからぐち(宝口の玉うどうん)がある。本覚山ほんかくさん(金武按司家の墓)の西にある。墓室は西北西を向き、石灰岩の自然洞窟を利用して造営されている。築造年代は不明だが、当初王夫人の墓として造営されたようである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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