山形街道(読み)やまがたかいどう

日本歴史地名大系 「山形街道」の解説

山形街道
やまがたかいどう

山形町から東方に延びる街道で、元禄四年(一六九一)の黒石御絵図(市立弘前図書館蔵)によれば、蛾虫がむし坂から先は二つに分れ、中野なかの路のほうは「大川平」(現大川原)まで、板留いたどめ路のほうは「一野渡」(現一ノ渡)まで続いている。温湯ぬるゆまでの街道の村落は、万延元年(一八六〇)の「津軽道中譚」によれば、「福民、牡丹平、石名坂、豊岡花巻、中村、目内(下目内)崎、築館等の村々を過ぎ、程なく温湯村新道に入り」とある。築館つきだて村から道は分れ、安永一〇年(一七八一)の手本山形道中記(浅瀬石川郷土誌)に「夫より築館村御番所を通り、二三丁過て追分塚有、左は中野板留右は新路とて温湯の入口なり」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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