20世紀日本人名事典 「山本 薩夫」の解説
山本 薩夫
ヤマモト サツオ
昭和期の映画監督
- 生年
- 明治43(1910)年7月15日
- 没年
- 昭和58(1983)年8月11日
- 出生地
- 鹿児島県鹿児島市
- 学歴〔年〕
- 早稲田大学文学部独文科中退
- 主な受賞名〔年〕
- チェコ映画賞「太陽のない街」,毎日映画コンクール監督賞(第14回 21回 25回 31回)〔昭和34年 41年 45年 51年〕,ルムンバ賞〔昭和39年〕,ブルーリボン賞監督賞(第16回)〔昭和40年〕,芸術祭賞〔昭和41年〕「白い巨塔」,キネマ旬報賞監督賞(第40回)〔昭和41年〕「白い巨塔」
- 経歴
- 在学中から左翼演劇活動を続け、昭和8年松竹蒲田撮影所に入社。翌年PCCに移り、12年東宝の監督になって第1作「お嬢さん」を発表。戦前はメロドラマなども手がけたが、戦後は東宝争議で退社、レッドパージも受けて独立プロを創立し、「真空地帯」「荷車の歌」「白い巨塔」「戦争と人間」などイデオロギーの鮮明な作品を次々に製作。40年代後半からは大手映画会社と提携して「華麗なる一族」「不毛地帯」などで政財界の深層をえぐり、社会派映画の代表的監督とされた。平成5年門下生らによって記録映画「映画監督・山本薩夫」が製作された。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報