山瀬幸人(読み)ヤマセ コウジン

20世紀日本人名事典 「山瀬幸人」の解説

山瀬 幸人
ヤマセ コウジン

明治期の政治家,教育者 衆院議員(立憲自由党)。



生年
安政2年2月20日(1855年)

没年
昭和10(1935)年12月3日

出身地
因幡国(鳥取県)

学歴〔年〕
尚徳館

経歴
因幡鳥取藩校・尚徳館で藩儒正墻薫(適処)に学んだ後、小学校訓導、倉吉農学校校長となる。明治23年衆院議員に当選1回。25年鳥取県議となり、28年県議のまま簡易農学校の校長事務取扱となり、鳥取県立農学校への昇格に努める。勧学会設立にも尽力した。また鳥取社報社員となり、のち因伯時報社を創設した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「山瀬幸人」の解説

山瀬幸人 やませ-こうじん

1855-1935 明治時代の政治家,教育者。
安政2年2月20日生まれ。正墻薫(しょうがき-かおる)(適処)にまなぶ。明治23年衆議院議員(立憲自由党)。25年鳥取県会議員,28年議員のまま簡易農学校の校長事務取扱となり,鳥取県立農学校への昇格につとめる。勧学会の設立にも力をつくした。昭和10年12月3日死去。81歳。因幡(いなば)(鳥取県)出身

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

今日のキーワード

プラチナキャリア

年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...

プラチナキャリアの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android