朝日日本歴史人物事典 「岡本兵松」の解説
岡本兵松
生年:文政4.8.5(1821.9.1)
明治用水の開削者。三河国碧海郡大浜村(碧南市)の岡本兵右衛門の長男。幼名篠吉。味噌・溜製造,廻船問屋を営む。明治初年,家督を弟に譲って石井新田(安城市)に移住,新田開発に従事した。都築弥厚の遺志を継ぎ,明治4(1871)年以後,伊那県足助支所・額田県・愛知県へと5度にわたって用水開削計画を出願。反対する村々への説得,資金調達に難渋したが,伊予田与八郎らの協力を得て,13年,矢作川から取水して幹線およそ30km,灌漑面積3200ha余におよぶ用水路を,第1期明治用水として完成した。成業式には祝辞を読み,内務卿松方正義らの褒詞に感激するが,経済的には報われず,開拓地の寺子屋の師匠として一生を終えた。『明治用水原因概略記』を著した。号は大林居。石井町に岡本兵松記念公園がある。<参考文献>『明治用水百年史』
(林昌弘)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報