岡部子登(読み)おかべ しと

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「岡部子登」の解説

岡部子登 おかべ-しと

1794-1824 江戸時代後期の儒者
寛政6年生まれ。筑前(ちくぜん)福岡藩士。備後(びんご)(広島県)の菅茶山(かん-ちゃざん)にまなぶ。藩にもどり,藩校修猷(しゅうゆう)館の訓導となる。文政5年から江戸藩邸学問所でおしえた。その言説同僚にそしられ,憤慨して文政7年6月23日自刃(じじん)した。31歳。本姓石田。名は豊義。通称は千太夫。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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