コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

修学院離宮 しゅがくいんりきゅう

7件 の用語解説(修学院離宮の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

修学院離宮
しゅがくいんりきゅう

京都市左京区修学院町に所在。後水尾上皇によって造営され,明暦1 (1655) 年に着工,万治2 (59) 年頃完成。また寛文8 (68) 年に増築された。域内は上,中,下の御茶屋に分れ,それぞれ独立した庭園をもち,山腹の田の畔を伝ってこれらを立体的に楽しめるよう構成している。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

しゅがくいん‐りきゅう〔シユガクヰン‐〕【修学院離宮】

京都市左京区の比叡山西麓にある離宮。旧後水尾上皇山荘。上(かみ)・中(なか)・下(しも)の各茶屋に分かれ、庭園美で知られる。しゅうがくいんりきゅう

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

修学院離宮【しゅうがくいんりきゅう】

修学(しゅがく)院離宮

修学院離宮【しゅがくいんりきゅう】

京都市左京区修学院町,比叡山の西麓にある離宮。1655年―1659年後水尾上皇(後水尾天皇)が自らの意匠で作った山荘で,桂離宮とともに江戸時代の名園として知られる。
→関連項目京都[市]左京[区]借景離宮

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

しゅがくいんりきゅう【修学院離宮】

京都市左京区,比叡山南西麓に近い修学院の地に営まれた後水尾上皇(後水尾天皇)の山荘。上(かみ),中(なか),下(しも)の三つの御茶屋(庭園区)よりなり,松並木の小道で連絡している(江戸時代は畦道)。1655年(明暦1)着工され,上皇みずからの構想のもと,59年(万治2)に下の御茶屋,2年後の61年(寛文1)に上の御茶屋の大池ができ,上皇は理想の山荘を完成させた。ただし中の御茶屋は1884年に林丘寺境内の約半分が離宮に編入されたものである。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

しゅがくいんりきゅう【修学院離宮】

京都市左京区修学院室町にある後水尾上皇の山荘。平安時代の僧、勝算創建の寺があった地に、万治年間(1658~1661)徳川家光が上皇を慰撫するために造営した。上の茶屋・中の茶屋・下の茶屋に分かれているが、特に上の茶屋の雄大な借景が名高い。しゅうがくいんりきゅう。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

家とインテリアの用語がわかる辞典の解説

しゅがくいんりきゅう【修学院離宮】

京都市左京区、比叡山(ひえいざん)の麓(ふもと)に建てられた後水尾(ごみずのお)上皇の別荘(離宮)。17世紀中期に、当代随一の趣味人といわれた上皇がみずから計画に参画し、6年余の歳月をかけて造営。上・中・下の3つの茶屋と、それぞれに付属する庭園からなる。桂離宮(かつらりきゅう)とともに、江戸時代に作られた名庭園として知られる。

出典|講談社
(C)Kodansha 2011.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の修学院離宮の言及

【離宮】より

行宮(あんぐう)が臨時の施設であるのに対し,恒久的施設である点が異なる。 史上著名な離宮に,古代の吉野宮珍努(ちぬ)宮の両離宮,中世の鳥羽離宮,近世の修学院(しゆがくいん)離宮などがある。吉野宮は《日本書紀》の応神紀に初めてみえ,壬申の乱前の大海人(おおあま)皇子(後の天武天皇)隠棲の地として,特に天武系皇統の行幸がしばしばあった。…

※「修学院離宮」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

修学院離宮の関連キーワード京都府京都市左京区修学院梅谷京都府京都市左京区修学院桂谷京都府京都市左京区修学院後安堂京都府京都市左京区修学院杉谷京都府京都市左京区修学院段ノ尾京都府京都市左京区修学院寺谷京都府京都市左京区修学院南代京都府京都市左京区修学院室町京都府京都市左京区修学院藪添京都府京都市左京区修学院横山

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

修学院離宮の関連情報