改訂新版 世界大百科事典 「ピクチュアレスク」の意味・わかりやすい解説
ピクチュアレスク
picturesque
主として18世紀イギリスで用いられた美学上の概念。イタリア語のピットレスコpittoresco(〈画家に関する〉の意)より借用されたフランス語のピットレスクpittoresqueの派生語(英語)で,今日一般的には,絵のように美しい,きれいなという意味である。しかし18世紀後半には,この語が庭園芸術や自然の景観,建築,風景画に関してもつ意味の定義をめぐって,錯綜した論議が繰り返された。まず,ギルピンWilliam Gilpin(1724-1804)は,彼自身の手になるアクアティント挿絵入りの多くの著作や〈ピクチュアレスク・ツアー〉と呼ばれる〈ピクチュアレスクなるもの〉を求めての旅行の実践によって,ピクチュアレスクを一つの美的範疇として人々に認識させた。ついで造園家プライスUvedale Price(1747-1829)は,E.バークが1757年に提示した〈崇高the sublime〉と〈美the beautiful〉の二つの美的範疇には含まれない,複雑さ,多様さ,不規則性,荒削りさ,好奇心の喚起などの性質を含むピクチュアレスクの観念を定義した(《ピクチュアレスク試論》1794-98)。プライスの影響下にJ.ナッシュが建築において,またレプトンHumphrey Repton(1752-1818)が風景式庭園においてピクチュアレスクを定義すべく試みた。さらに芸術愛好家ナイトRichard Payne Knight(1750-1824)は,《風景画》(1794)や《趣味の原理の分析的研究》(1805)で,ピクチュアレスクについて論じている。ことに後者においてナイトはプライスに反論して,ピクチュアレスクが,対象がある客観的条件を備えていることによって生ずる美的価値であることを否定し,それが対象の純粋に視覚的特質から触発される鑑賞者の連想によって生ずる感動であると主張した。いずれにせよこれらの人々のピクチュアレスクの定義に共通するのは,ピクチュアレスクが,理性によって認識されうる合理的な比例や均衡によって生ずる美的快感とは対照的に,想像力を刺激するある種の不完全さ,意外性にもとづく美的価値であるという思想である。その意味では,ピクチュアレスクはハッシーChristopher Husseyのいうように(《ピクチュアレスク》,1927),ロマン主義の先駆的美意識といえよう(図)。
執筆者:鈴木 杜幾子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報