岩内古宇同修学舎跡(読み)いわないふるうどうしゆうがくしやあと

日本歴史地名大系 「岩内古宇同修学舎跡」の解説

岩内古宇同修学舎跡
いわないふるうどうしゆうがくしやあと

[現在地名]岩内郡岩内町字大和

明治期、岩内市街に置かれた私学校。明治二一年(一八八八)八月石塚伊作がたちばな町に開校、昼間は小学校正科、夜間は貧家の子弟に無料で教授。同年一〇月高橋恒四郎がこれを譲り受けて経営した。同二三年小学校簡易課を設置、同年末の生徒数は男女合せて四〇名。同二四年七月私立小学岩内古宇同脩学舎と改称尋常科・簡易科を併置。同年一一月に寄宿舎を備えた新校舎を新築して移転。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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