教員(読み)きょういん(英語表記)teacher; instructor

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

教員
きょういん
teacher; instructor

学校に勤務し教育に従事する人。その種類と職名は,大学,高等専門学校では教授,准教授,講師,助教および助手の一部であり,小学校,中学校,高等学校,中等教育学校,特別支援学校および幼稚園では教諭,助教諭養護教諭,養護助教諭,栄養教諭および講師。その資格は,大学および高等専門学校では各設置基準によって資格基準が定められ,小,中,高等学校などでは教育職員免許法 (昭和 24年法律 147号) によって免許基準が定められている。教育基本法 (平成 18年法律 120号) では,「法律に定める学校の教員は,自己の崇高な使命を深く自覚し,絶えず研究と修養に励み,その職責の遂行に努めなければならない」 (9条1項) との立場から,「その使命と職責の重要性にかんがみ,その身分は尊重され,待遇の適正が期せられるとともに,養成と研修の充実が図られなければならない」 (同2項) と規定されている。これに基づいて教育公務員特例法 (昭和 24年法律1号) その他関係法が定められている。

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百科事典マイペディアの解説

教員【きょういん】

学校における教育活動を職業にしている教師。大学・高等専門学校以外の学校では教員免許を要し,また国・公立学校の場合は教育公務員として扱われる。明治初期には教員と教師は厳密に区別され,日本の学校に雇用されている日本人の教師を〈教員〉,外国人教師を〈教師〉と呼んだ。読・書・算(スリーアールズ)を中心に教えるドリルマスターの系譜をひく大衆子弟向けの学校に現れた教師と,人文主義的な教育を施すキュンストラーの系譜をひく選良子弟向けの学校に現れた教師の2系譜(学校体系)が各国にあり,その統一が問題になっている。→教員養成
→関連項目教育職員免許法日教組

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大辞林 第三版の解説

きょういん【教員】

学校で直接教育に従事する職員の総称。学校の種類と職務内容によって、教授・助教授・助手・教諭・助教諭・養護教諭・講師などに分かれる。教育職員。教師。先生。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

教員
きょういん
teacher英語
Lehrerドイツ語
instituteurprofesseurフランス語
учитель uchitel' преподаватель prepodavatel' ロシア語

学校などの教育施設で、教育を担当する者をいう。類語として、教育職員、教師、教官、師匠、先生、教育者などがある。教員は、学校教育担当者の法令用語として使用され、員数の観点からとらえられることが多い。
 教育職員は、職員構成上、事務職員や医療職員などと対(つい)にして使用され、教員に限らず、校長、教頭、教育長、指導主事など広く教育関係職員を含むのが一般的である。教師は、教えを与える師という個の性格を多分にもつ。教官は国立学校の教員をいう。師匠は、仕込む・仕込まれるという師弟関係が強く、その道を伝える者の意。先生は、教職に限らず広く精神的・技術的指導者に対する敬称。教育者は、優れて教育的配慮のできる人の意といえる。ここでは、学校教育担当の教員に限定して説明する。[水原克敏]

種類

学校教育法では、「学校には、校長及び相当数の教員を置かなければならない」(第7条)として、校長は教員と区別されている。教員の種類をみると、大学および高等専門学校には、教授、准教授、助教、講師がある。その職務は、教授は「専攻分野について、教育上、研究上又は実務上の特に優れた知識、能力及び実績を有する者であつて、学生を教授し、その研究を指導し、又は研究に従事する」、准教授は教授についての規定のうち「特に優れた知識、能力及び実績を有する者」の部分が「優れた知識、能力及び実績を有する者」と変わるだけであり、助教は同じく「特に優れた知識、能力及び実績を有する者」の部分が「知識、能力及び実績を有する者」となり、そして講師は「教授又は准教授に準ずる職務に従事する」となっている(第92条)。理科系の場合には、一つの研究課題について、教授を頂点としたチーム編成によって研究活動をするが、文科系の場合には、教授から助教までそれぞれ個別の課題をもち、校務分掌を除いては個々に活動していることが多い。
 小学校、中学校、高等学校、特別支援学校、幼稚園の教員としては、教頭、教諭、助教諭、養護教諭、養護助教諭、講師がある。ほかに実習助手、寮母がある。なお講師の場合には、いずれの学校でも常勤と非常勤とがある。職務は、教頭は、校長を助け、校務を整理し、および必要に応じ児童の教育をつかさどる。教諭は、児童・生徒の教育をつかさどる。養護教諭は、児童・生徒の養護をつかさどる。助教諭は、教諭の職務を助ける。そして講師は、教諭・助教諭に準ずる職務に従事すると規定されている(第37条)。これらの学校では、校長・園長の監督のもとに、教頭のほか各種主任などの職種や役職を置いて、職務体制をとっている。[水原克敏]

人事・待遇

任用、免職、休職、復職、退職の人事は、設置者や学校の段階によって異なる。大学の場合には、国立大学法人か、地方公共団体の長(公立)か、設置者の法人(私立)かが行う。ただし、教授会、評議会、学長からの申請による。
 公立の高等学校、中学校、小学校の場合には、主として都道府県教育委員会が、私立の場合には設置者の法人が行う。大学附属校は、学長が選考し、公立では地方公共団体の長が任命する。ただし、県・市教育委員会の人事交流の一環に組み込まれているので、教育委員会がかなり関与している。
 給与は、国立学校の場合、「一般職の職員の給与に関する法律」によって定められていたが、2004年(平成16)に法人格を与えられてからは、各法人によって定められている。公立学校教員は、同法律に準じて条例によって決定されている。私立の場合は、その設置者が決定している。手当の種類は、「生活給的」なものとして、扶養手当、期末手当、通勤手当、住居手当、初任給調整手当。「地域給的」なものとして、調整手当、僻地(へきち)手当、寒冷地手当など。「職務給的」なものとして、特別調整手当(管理職手当)、特殊勤務手当、産業教育手当、定時制通信制手当、義務教育等教員特別手当。そして「能率給的」なものとして、勤勉手当、宿日直手当などがある。
 これらの諸手当のなかで、義務教育等教員特別手当は、1971年(昭和46)に「国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(現在は「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」)として制定されたが、同法の成立過程においては、教職の性格をめぐる論議がなされた。[水原克敏]

教員の定数

義務教育諸学校の教員定数は、「公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律」(1958)により、学校規模を基準として定められている。高校は、「公立高等学校の設置、適正配置及び教職員定数の標準に関する法律」(1961)により、課程別・学科別に規定されている。高等専門学校、短期大学、大学は、それぞれの設置基準により規定されている。
 公立の小・中学校および特殊教育諸学校の小・中学部については、「第六次公立義務教育諸学校教職員配置改善計画」により、
(1)個に応じた指導方法のくふう改善の促進
(2)いじめや登校拒否などの生徒指導上の問題への対応
(3)外国人子女などに対するきめ細かな指導
などの実現のために、1993年度(平成5)から2000年度までの8か年計画で進められてきた。
 また、公立の高等学校および特殊教育諸学校の高等部については、「第五次公立高等学校学級編制及び教職員配置改善計画」により、
(1)全日制普通科などでの40人学級の実施
(2)少人数指導の実現
(3)新しいタイプの学校などへの教員の加配
のために、1993年度(平成5)から2000年度までの8か年計画で進められた。[水原克敏]

外国の教員

アメリカでは、高等教育機関で養成される。教員資格・免許制度は各州によって異なる。小・中学校教員の任命権者は、設置者の教育委員会である。身分は一種の地方公務員であるが、給与体系は種々異なる。
 イギリスでは、3年制の教員養成大学か、大学卒業後の1年制の教育学科かで養成される。前者は主として初等学校の教員を養成し、後者は主として中等学校教員を養成する。公立学校の教員は、地方教育当局によって任命され、給与も同当局によって支給される。
 フランスでは、3年制師範学校で小学校教員が養成され、大学と高等師範学校で中等学校教員が養成される。小学校教員は大学区総長より任命され、中等学校教員は文部大臣から任命される。いずれも国家公務員であり、給与は国から支給される。
 ドイツでは、国民学校教員と中間学校教員は教育大学か総合大学かで養成され、ギムナジウム教員は総合大学で、職業学校教員は職業学校教員養成大学で、特殊学校教員は国民学校教員の資格保持者を対象に、大学付置の医学教育研究所等で養成される。教員は各州の文部大臣から任命される州公務員である。給与も州から支給される。
 ロシアでは、小学校低学年担当教員は師範学校で養成されている。同校は8年制義務教育修了者を入学資格とする4年制の中等専門学校である。第4~第10学年担当の教員は教育大学と総合大学で養成される。小・中学校の校長は連邦共和国の教育省によって決定されるが、校長以外の教職員は、校長の推薦をもとに地方行政機関によって任命される。給与は国から支給される。
 中国では、全国から学生募集する師範大学と、省内から募集する師範学院とが高級中学校の教員養成をし、初級中学校の教員は師範学校で、小学校教員は中等師範学校で養成するなど、学校によって養成水準が異なる。給料は労働者の平均収入に比してやや低く、教師の社会的地位も日本に比してはるかに低い状況にある。[水原克敏]

日本の教員史


近代的教師の誕生
幕末の寺子屋師匠の身分調査では、武士25%、平民41%、僧侶(そうりょ)19%、神官7%、医者8%であった。平民の寺子屋師匠が最多数の41%を占めていたことは、庶民教育がかなり普及していたことを示している。
 明治維新によって、文明開化を担う近代的学校が創設され、教員もそれにこたえるだけの新しい資質が要求された。そのために、1872年(明治5)東京に師範学校を創設したが、一度に大量に教員を供給することは困難であった。小学校も同年に全国で創設したため、資格や規則を無視し、従来の藩校、郷学、寺子屋の師匠はもちろん、神官、僧侶、士族など、多少和漢学の素養のある者ならだれでも任命し、その後、講習会を開いて新しい知識と教授法とを伝習するという方法をとった。
 文部省は、地方の実態を踏まえながら、「小学校教員心得」「小学校教員免許状授与方(じゅよかた)心得」「師範学校教則大綱」を1881年(明治14)に制定。近代的な教職は、前近代の寺子屋の師匠とは違い、国家的要請によって学校のあり方が決定され、その基準から教員としての必要な資質も決定された。教員養成制度や資格制度のあり方もそれによって枠づけられた。
 それだけに、教職は標準化され近代化されたが、反面、画一化され統制化されなければならなかった。いちおうの学問的レベルを有する教員が教職を担うことにはなったものの、同時に、地域住民との乖離(かいり)、子供らとの第一次集団的親密さの喪失を余儀なくされ、しだいに末端官吏としての性格を強めるようになった。この傾向は、教職の発展期に入っていよいよ進行し、また矛盾も顕在化することになる。[水原克敏]
公教育の発展と教職の近代化
1900年(明治33)から1930年(昭和5)にかけて、公教育の発展が著しく、教員の構成や意識に、また教職の性格や社会的地位などに大きな変化をきたした時期であった。成立期には10万人にも満たなかった職業集団が、1930年までには23万人という大職業集団に成長した。そのなかには女性教員も大量に進出し、小学校教員では3分の1を占めるようになった。そして学校の平均教員数も、成立期には2名に満たなかったのが、1930年ごろには約9名程度になり、学級・学年などの分担制、教員の管理指導体制の確立、教職の近代的組織化がなされてきた。
 教員養成では、従来の師範学校の本科第一部のほかに本科第二部が創設され、これによって師範学校の生徒数が2万人から4万5000人にまで増大し、不十分ながら大量養成の方策がとられた。さらにこの時期は、資本主義の発達を背景に教員の生活問題が惹起(じゃっき)され、法律によって俸給の最低額が保障されなければならなかった。この結果、教職を賤業(せんぎょう)視したり、転職したりする者が出てきたが、反面では教職への自覚も高まり、師範学校の附属小学校や私立小学校など恵まれた教員たちのなかには、自らの専門性を積極的に認め、教育実践の専門家として生きようとする者も出てきた。あるいは悲惨な状況のなかで、自らを労働者として認め、生活権の擁護を主張して組合を結成する者も現れてきた。この段階に至って、教職はようやく現代的様相を帯びてきたのである。
 中等学校教員の場合には、高等師範学校と大学とで養成されたが、小学校教員に比してはるかに恵まれた地位と待遇にあり、1929年(昭和4)からは、高等師範学校から昇格した文理科大学(東京と広島)で養成されることになった。
 第二次世界大戦前の教員は、初等・中等・高等の学校レベルによる教養と待遇、そして出身階層に格差がみられ、学校レベルに対応した教員への序列視が一般化することになった。[水原克敏]
現代の教員
国立・公立・私立学校の本務教員数の全般をみると、2007年(平成19)10月時点で、幼稚園10万6859人、小学校38万9819人、中学校23万1528人、高等学校23万4278人、特別支援学校5万8591人、専修学校4万2096人、各種学校1万0229人となっている。多くの学校が年々減少する傾向にある。
 学歴は、2007年(平成19)の小学校教員の場合、大学院修了者が3.0%、大学卒84.1%、短大卒12.5%であり、中学校教員の場合は、大学院修了者5.8%、大学卒88.0%、短大卒6.0%という状況で、年々学歴は向上してきている。大学院修了者はまだ少ないが急速に伸びつつある。
 第二次世界大戦後の「大学で教員養成する原則」は、小学校、中学校、高等学校の教員養成にほぼ同様の条件を提供し、それぞれの学校間の格差をかなり解消してきた。戦後の教員養成の原則がもたらした成果である。
 女性教員の占める割合は、2007年(平成19)10月時点で、幼稚園92.9%、小学校61.7%、中学校40.3%、高等学校27.1%、特別支援学校57.4%、専修学校50.7%、各種学校39.1%となっている。[水原克敏]
『石戸谷哲夫著『日本教員史研究』(1967・講談社) ▽斎藤喜博編『教師が教師となるとき』(1972・国土社) ▽水原克敏著『近代日本教員養成史研究』(1990・風間書房)』

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世界大百科事典内の教員の言及

【教師】より

…人間とくに子ども,青年を指導し,その発達を助け促す人。類似の語に教育者,先生,師匠,師,教員などがある。学校制度発足前には教師,教育者,教員などの語はなく,学芸,武道あるいは歌舞音曲などを教授する人は師匠と呼ばれていた。…

※「教員」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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