岩武新村(読み)いわたけしんむら

日本歴史地名大系 「岩武新村」の解説

岩武新村
いわたけしんむら

[現在地名]福野町岩武新

北と南を野尻のじり村に挟まれ、村内中央を二万石にまんごく用水が流れる。東は高儀たかぎ村。「越中志徴」に「野尻辺は岩武野と称し、いにし曠野にて、雄神河此地を流れたり、然るに応永三年の洪水にて、河筋変じて今の如く成れりと」とあり、この一帯は岩武野または岩武川原とよばれていた旧野尻川の広大な廃川地であった。天和三年(一六八三)苗島のじま村次郎左衛門が礪波郡の十村と連名野尻村岩武雄いわたけお神社周辺の一千一五〇石の新開願を提出し、同年五四三石余(免二ツ五歩)を新開して岩武野開と称した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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