日本歴史地名大系 「岩草村」の解説
岩草村
いわくさむら
- 長野県:長野市
- 岩草村
[現在地名]長野市七二会 岩草
村名の初見は慶長七年(一六〇二)の川中島四郡検地打立之帳(小柳文書)で「三百七拾石三斗八升弐合 岩草村」とある。元禄の松城領高辻帳の添目録(大日方文書)には、
寛延四年(一七五一)の人詰改めの帳(林文書)には家数七〇軒、人数二五二人であった。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
村名の初見は慶長七年(一六〇二)の川中島四郡検地打立之帳(小柳文書)で「三百七拾石三斗八升弐合 岩草村」とある。元禄の松城領高辻帳の添目録(大日方文書)には、
寛延四年(一七五一)の人詰改めの帳(林文書)には家数七〇軒、人数二五二人であった。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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