日本歴史地名大系 「岩間下郷」の解説 岩間下郷いわましもごう 茨城県:西茨城郡岩間町岩間下郷[現在地名]岩間町下郷(しもごう)愛宕(あたご)山の東に位置し、西は岩間上郷。愛宕山の裾野が村の中央部まで延びて台地となっている。台地には南北に笠間街道が通り、岩間下村とも称した。「宍戸代々城主伝記」(船橋家文書)によれば、中世は宍戸(ししど)庄の内にあり、宍戸氏の勢力下にあった。宍戸家周の孫岩間太郎知宗が地頭として支配したこともある。文禄元年(一五九二)に宍戸氏は佐竹氏に滅ぼされて佐竹氏領となり、慶長七年―正保二年(一六〇二―四五)は宍戸藩秋田氏領でのち明暦三年(一六五七)から土浦藩領となる。土浦藩は万治元年(一六五八)当村の宿の中ほどに敷地九反六畝歩の陣屋を建てて支配した(「岩間領五ケ村帳」長嶋家文書)。村には芝山(しばやま)・菅谷(すがや)・米山(よねやま)など六ヵ所の御林があったが、芝山御林は正徳元年(一七一一)村に払下げとなる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by