峯寺村(読み)みねでらむら

日本歴史地名大系 「峯寺村」の解説

峯寺村
みねでらむら

[現在地名]山添村大字峰寺(みねでら)

桐山(きりやま)村南方、深江(ふかえ)川流域に立地する。峯寺は乗(じよう)(常)光(こう)廃寺にちなむ村名か。同寺は江戸初期に郡山(現大和郡山市新紺屋町)に移され、城主本多内記の菩提寺性心(しようしん)寺としたと伝える。村内の薬王寺境内に十三重石塔(鎌倉時代)・宝塔(室町時代)・五輪塔(鎌倉時代)が残る。慶長郷帳の村高一四六・九五石。


峯寺村
みねでらむら

[現在地名]吉野町大字峯寺

志賀(しが)村の東南に位置する。正中二年(一三二五)から天正一二年(一五八四)まで書継がれた「大頭入衆日記」(山口の上田家文書)のなかの嘉暦二年(一三二七)の記事に「ミ子テラ」の六郎が竜門(りゆうもん)郷総鎮守大宮社(吉野山口神社)の宮座に座入りしたことを記している。竜門郷のうち。慶長郷帳では村高一九四・六二五石。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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