峯泉寺跡(読み)ほうせんじあと

日本歴史地名大系 「峯泉寺跡」の解説

峯泉寺跡
ほうせんじあと

[現在地名]本川村寺川

現在寺川てらがわ小学校のあるところは、今はその一角しか残らない地蔵堂の境内地であった。昭和四九年(一九七四)小学校拡張のため地蔵堂の一角を発掘したところ、室町時代から江戸時代にかけての多くの遺物が発見された。主要なものに鰐口墨書経石があり、鰐口は径二二・六センチで、その銘に「土左国寺川峯泉寺全大願福嶋八郎左衛門 文安三年六月七日」とある。また経石は結晶片岩の自然の川原石で表裏に墨書があり、一字のものと二字ずつのものとがある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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