島大堀村(読み)しまおおほりむら

日本歴史地名大系 「島大堀村」の解説

島大堀村
しまおおほりむら

[現在地名]東根市島大堀

みだれ川扇状地の扇端部に近く、最上川の氾濫原に広がる。村の西部を最上川が北流する。東は蟹沢かにさわ村、北は松沢まつざわ村、南は村山野むらやまの川を隔てて藤助とうすけ新田。元来最上川に近い大堀村とその北東部の島村二村からなる。最上氏領から元和八年(一六二二)山形藩領、正保元年(一六四四)以降幕府領。寛永一三年(一六三六)の保科氏領知目録の高二八二石余。正保元年山形藩領より幕府領になった「楯岡領七ケ村」のうちに嶋村と大堀村がみえる(最上記)正保郷帳では田方一五一石余・畑方一三〇石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む