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島田利正 しまだ としまさ

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美術人名辞典の解説

島田利正

江戸初期の旗本・町奉行。旗本島田重次の子。通称は兵四郎・長四郎・次兵衛・弾正忠、法名は幽也。徳川秀忠に仕え、小山・真田軍に従軍。のち使番となり、江戸町奉行に就任、市政の制度化に尽くす。武蔵国入間郡、比企郡などに、五千石を領した。従五位下弾正忠に叙任。寛永19年(1642)歿、67才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

島田利正 しまだ-としまさ

1576-1642 江戸時代前期の武士。
天正(てんしょう)4年生まれ。幕臣。徳川秀忠につかえ,使番をへて,慶長18年(1613)江戸の町奉行となる。町奉行の職名は,米津田政(よねきつ-たまさ)と利正のときいらい定着したという。寛永19年9月15日死去。67歳。通称は兵(平)四郎,長四郎,次兵衛。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

島田利正

没年:寛永19.9.15(1642.10.8)
生年:天正4(1576)
江戸前期の江戸町奉行。旗本島田重次の子。通称平四郎,長四郎,次兵衛。弾正忠。徳川秀忠に仕え,慶長5(1600)年関ケ原の戦に従軍。御使番を経て,18年米津田政と共に江戸の町奉行に任じられる。知行は5000石。江戸町奉行当時,判決例を編纂。才知に富んだ能吏として知られ,重要事項の審議には欠かせぬ存在であったというが,一方では利正の裁きは筋の通ったものながら,理非曲直を厳正に追及するあまり,くつろぎがないと評された。寛永12(1635)年剃髪して幽也と称す。<参考文献>室鳩巣『鳩巣小説』

(大森映子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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