エリザベス時代(読み)エリザベスじだい(その他表記)Elizabethan Age

改訂新版 世界大百科事典 「エリザベス時代」の意味・わかりやすい解説

エリザベス時代 (エリザベスじだい)
Elizabethan Age

厳密にはエリザベス女王(1世)の在位期(1558-1603)を指すが,文学史の区分としては通常,そのあとのジェームズ1世(1603-25)およびチャールズ1世(1625-49)の治世を含めたイギリス・ルネサンスの最盛期をいう。この時代は中世封建制から中央集権的な近代国家体制への過渡期に当たり,宮廷は権力とともに文化の中心となりつつあったが,半面,資本主義の勃興による都市ブルジョアジーの台頭は,ロンドンの市民生活を活気あるものにしていた。女王在世中は比較的親密であった宮廷と市民の関係は,17世紀にはいっておもに宗教的・内政的理由から漸次険悪の度を加え,ついに王党派と議会派の間の激しい武力抗争ののち,後者によるチャールズ1世の処刑(1649),そしてクロムウェルを指導者とする共和制の出現という事態にいたる。それにもかかわらず,この時代の文芸の開花をもたらしたものは宮廷と庶民の合一的エネルギーであった。同時に,柔軟な可塑性に富む揺籃期の近代英語が,たくましい生命力と奔放な詩的想像を表出するのにうってつけの媒体であったことも,見逃すことはできない。思潮的に見れば,キリスト教的ヒューマニズムの伝統が依然主流をなしていたとはいえ,世紀の改まる頃から現れ始めた懐疑思想は,文学のうえにも大きくその影を落とし,やがて時代全体がシニシズムの色を深めていく。

 散文の分野では,おびただしい量の宗教的著作と歴史編纂,航海記録と並んで,ホメロスプルタルコスなど古典の翻訳が盛んにおこなわれる一方,現実社会の諸相を風刺的に描くパンフレットや,自然と人生の諸問題を哲学的に省察する文章も,多くものされた。また,華麗な文体で書かれたジョン・リリーの恋愛物語《ユーフュイーズ》やフィリップシドニーの牧歌的ロマンスアーケイディア》はイギリス最初の小説として,1611年に公刊された《欽定訳聖書》とともに,文学史上特記さるべき地位を保っている。詩の分野では,絵画的描写と音楽美にあふれたエドマンド・スペンサーの長大な寓意叙事詩《神仙女王》が名高いが,ソネットをはじめとするさまざまな詩形の短い抒情詩も流行した。17世紀にはいると,当時の新旧思想の対立を背景に知的奇想と逆説的機智を特徴とするいわゆる〈形而上詩〉が盛んになり,それを代表するジョン・ダンの詩は20世紀初頭の近代詩運動に大きな影響を及ぼした。

 演劇の分野では,1576年にロンドンではじめて常設の劇場が開かれたのをきっかけに,次々と劇場が建設され,王室や貴族をパトロンとする劇団も数多く組織されることになった。80年代に先駆的役割を果たした大学卒のインテリ劇作家たち(大学才人)の中では,典雅な宮廷喜劇の創始者ジョン・リリーと,力強い劇詩のリズムとイメージを駆使してルネサンスの人間的欲望をテーマとする悲劇を書いたクリストファー・マーローが特に重要である。シェークスピアは彼らのあとを継いでエリザベス朝演劇を完成へと導いた。初期の歴史劇から晩年のロマンス劇にいたるその複雑な作家的展開の過程において,言語・舞台芸術としての演劇のあらゆる可能性が試され,開花させられていると言って過言ではない。彼と同時代またはその後の劇作家には,風刺喜劇の型を確立したベン・ジョンソン,ロンドンの民情を背景にメロドラマを多作したトマス・デッカー,高揚された詩的表現を用いて迫力に富む流血悲劇を作り上げたジョン・ウェブスター,冷徹皮肉な人間性の観察者トマス・ミドルトン,純化された情念の輝きを耽美的に追求したジョン・フォードなどがいる。彼らの作品は移り変わる観客の嗜好と人気の波にもまれつつ,時に10に及ぶ数の劇場で上演され続けたが,ピューリタン革命勃発後の1642年にロンドン中の劇場が閉鎖されることになって,エリザベス朝演劇はその幕を閉じた。なお,こうした大衆演劇とは別に,おもに宮廷や貴族の邸宅でしばしば上演された仮面劇もまた,この時代に完成を見たもう一つの演劇的ジャンルとして,無視することはできない。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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