川崎湊(読み)かわさきみなと

日本歴史地名大系 「川崎湊」の解説

川崎湊
かわさきみなと

[現在地名]榛原町静波

勝間田(かつまた)川の河口左岸にある。「高天神記」によると、天正四年(一五七六)には小山(こやま)城(現吉田町)と滝堺(たきさかい)城(現相良町)との間に川崎湊があったという。「遠江国風土記伝」には「古今浅海なり。大船荷船湊に入らず」とある。江戸時代には掛川藩の米搬出港で、寛文一二年(一六七二)の御城米集荷廻漕帳(榛原町史)によると、佐野(さや)郡日坂(につさか)村(現掛川市)など一一ヵ村、城東(きとう)郡西深谷(にしふかや)村(現金谷町)など二〇ヵ村、計三千七二一俵余を川崎湊で順次受取っている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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