川沼新田(読み)かわぬましんでん

日本歴史地名大系 「川沼新田」の解説

川沼新田
かわぬましんでん

[現在地名]藤岡町都賀(つが)、群馬県邑楽(おうら)郡板倉(いたくら)町除川(よけがわ)・西岡(にしおか)

渡良瀬川左岸にあり、村名の示すように沼沢地に臨む。東は新井(あらい)村、西は沼尻(ぬまじり)村、北は大谷田(おおやだ)村。明治末年からの渡良瀬川改修により、中・南部は河川敷などとなった。元禄郷帳に河沼新田とみえ、高一〇二石余、下総古河藩領。改革組合村では幕府領と古河藩領の相給、旧高旧領取調帳では古河藩領のみ。延宝年間(一六七三―八一)大田和(おおだわ)村の農民が段丘を開墾して移り住んだ新田村といわれ(下都賀郡誌)、大田和村の鎮守嶽神社(現三毳神社)を分祀して当村の鎮守としたとされる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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