川田代官所跡(読み)かわだだいかんしよあと

日本歴史地名大系 「川田代官所跡」の解説

川田代官所跡
かわだだいかんしよあと

[現在地名]甲府市川田町

幕府領時代川田村に設置された陣屋。甲州代官付によれば、斎藤新八郎・遠藤又三郎が寛保三年(一七四三)高五万石を支配したことに始まるという。設置時期についてその前年とするものもあるが、両名の「寛政重修諸家譜」の記述から三年が妥当とみられる。初めの三年間長谷川家の座敷を借りたのち、同人宅の西側に陣屋を建てたという(臆乗鈔)。長谷川家は川田村の村役人も勤めた旧家で、その宅地は戦国期の武田氏の川田館跡に含まれる可能性がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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