改訂新版 世界大百科事典 「左大臣右大臣」の意味・わかりやすい解説
左大臣・右大臣 (さだいじんうだいじん)
令制太政官の筆頭官職名。律令国家の中央行政機構である太政官には最高官職として太政大臣,左・右大臣の3大臣が置かれていたが,太政大臣は原則として栄誉の官職で,左・右大臣が国家行政の責任者とされた。645年(大化1)左大臣に阿倍内麻呂,右大臣に蘇我倉山田石川麻呂が任じられたのが初例で,浄御原令,大宝令を経て大臣の制度が整備された。定員は各大臣とも1名で,正従二位相当官とされ,職田30町,食封2000戸,従者として資人200人が支給された。初めは阿倍,蘇我,大伴らの旧豪族が任じられたが,奈良時代後期には藤原氏が事実上独占した。平安時代に摂関政治が始まると,左・右大臣は朝廷の政務行事の運営責任者となり,左大臣は一上(いちのしよう)/(いちのかみ)と呼ばれた。鎌倉時代以降,政権が武家に移るとその地位はいっそう栄誉化し,明治維新後一時実権的地位に復したが,1885年太政官制の廃止とともに廃官された。
執筆者:山本 信吉
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報