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太政官 だいじょうかん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

太政官
だいじょうかん

「太政官 (だじょうかん)」のページをご覧ください。

太政官
だじょうかん

(1) 律令官制の中心で神祇官と並ぶ二官の一つ。「だいじょうかん」と読まれた。その任務は綱紀を惣持し,邦国を治むるにありとされた。太政大臣左大臣右大臣を長官,大納言を次官とし,そのもとに左右弁官局と少納言局がある。

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デジタル大辞泉の解説

おおいまつりごと‐の‐つかさ〔おほいまつりごと‐〕【太官】

だいじょうかん(太政官)1」に同じ。

だいじょう‐かん〔ダイジヤウクワン〕【太政官】

律令制で、神祇官(じんぎかん)と並ぶ中央の最高行政機関八省以下を統轄して政務を行った。長官は太政大臣で、これに次いで左右大臣があり、のちに内大臣が置かれた。事務局として少納言局・弁官局が付属した。おおいまつりごとのつかさ。
だじょうかん(太政官)1

だじょう‐かん〔ダジヤウクワン〕【太政官】

明治維新政府の最高官庁。慶応4年(1868)閏4月の政体書により議政官以下七官を置き太政官と総称、翌年の官制改革で民部以下六省を管轄。明治18年(1885)内閣制度の発足に伴い廃止。
だいじょうかん(太政官)1

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世界大百科事典 第2版の解説

だいじょうかん【太政官】

律令制の最高官庁。〈だじょうかん〉〈おおいまつりごとのつかさ〉とも読む。また,唐の尚書省(しようしよしよう)の都省(としよう)を模した官庁であったので,尚書省,都省,鸞台(らんだい)などともいう。唐の尚書省は最高の行政官庁で,その都省は吏部,礼部,戸部,兵部,刑部,工部の六部(りくぶ)をはじめとする中央・地方の行政官庁を統轄していた。日本の太政官については,《日本書紀》天智10年(671)の条に太政大臣,左大臣,右大臣,御史大夫の任官のことがみえるので,それ以前に制定された近江令で定められた官庁であるとする説と,壬申の乱(672)以後の天武朝で形成されたとする説があるが,組織が整ったのは大宝令(701制定・施行)においてである。

だじょうかん【太政官】

明治初年に制定され,内閣制度の設置まで存続した令制の最高行政官庁(明治以前については〈太政官(だいじようかん)〉の項を参照されたい)。その官職名は古代律令制にならってはいたが,実態としては,一応,欧米の〈三権分立〉制度をとっていた。発足当初の明治政府の官庁機構を規定する契機になったのは,1868年(明治1)に公布された政体書である。そのなかでは,〈天下の権力,総てこれを太政官に帰す。則ち政令二途に出るの患無からしむ。

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大辞林 第三版の解説

おおいまつりごとのつかさ【太政官】

だいじょうかん【太政官】

律令制における国政の最高機関。議政官としての左右大臣・大納言(のち令外官として中納言・参議・内大臣が加わる)のもとにその直属の事務部局たる少納言局と、太政官と八省以下の官司を結んでその指揮運営の実際をつかさどる左右弁官局の三局が置かれるという複合的構造をもつ。おおいまつりごとのつかさ。
明治政府初期の最高官庁。1868年(慶応4)1月設置。初め議政以下七官を置き、69年(明治2)に二官六省制、71年に三院八省制と改革され、85年内閣制度発足とともに廃止された。一般に古代律令制のものと区別して、慣習的に「だじょうかん」と読まれる。

だじょうかん【太政官】

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世界大百科事典内の太政官の言及

【太政官】より

…唐の尚書省は最高の行政官庁で,その都省は吏部,礼部,戸部,兵部,刑部,工部の六部(りくぶ)をはじめとする中央・地方の行政官庁を統轄していた。日本の太政官については,《日本書紀》天智10年(671)の条に太政大臣,左大臣,右大臣,御史大夫の任官のことがみえるので,それ以前に制定された近江令で定められた官庁であるとする説と,壬申の乱(672)以後の天武朝で形成されたとする説があるが,組織が整ったのは大宝令(701制定・施行)においてである。八省,弾正台,衛府,諸国などの中央・地方のすべての官庁を統轄する。…

【知太政官事】より

…その職掌また令制官職・位階との相当関係も定かではなく,左右大臣等との関連も明らかではない。しかし天武天皇の皇子皇孫が任ぜられていることは特徴的であり,おそらく令制の太政官制とは性格を異にする官ではなかったかと思われ,実際には大臣の上位に位置づけられる性格ではなかったかと考えられる。すなわちその施行時期なども考慮すると,大宝令による律令太政官制の確立にともない,太政官(だいじようかん)の議政官が上級貴族によって占められるため,天皇の側から太政官を総知する機能を有する独自の官として設置されたものと思われる。…

【天皇】より

…しかし5世紀以来ヤマト政権の主要勢力を構成する豪族連合の力は依然強大で,天智天皇がその末年(671)に,有力豪族の代表5人を左右大臣や御史大夫に任じ,政府首脳部を構成したのはそのあらわれである。この体制は壬申の乱後,天武天皇によって打破され,皇親政治と呼ばれる天皇中心の独裁的な政治が行われたが,天武の没後には永続せず,大宝律令制下では新しく制定された太政官(だいじようかん)制として復活した。太政官の首脳部は,定置の官でない太政大臣のほか,左右大臣と大納言,令外官の中納言と参議によって形成され,政策の決定に大きな発言権をもち,その会議の結論は天皇も容易に拒否することはできなかった。…

【二官八省】より

…日本古代の律令制の官庁組織をいう語。狭義には太政官(だいじようかん),神祇官(じんぎかん)の二官と中務(なかつかさ)省式部(しきぶ)省治部(じぶ)省民部(みんぶ)省兵部(ひようぶ)省刑部(ぎようぶ)省大蔵(おおくら)省宮内(くない)省の八省を指すが,広義には,この二官・八省に統轄される八省被管の職・寮・司や弾正台(だんじようだい),衛府(えふ)などの中央官庁および大宰府(だざいふ)や諸国などの地方官庁を含む律令制の全官庁組織の総体をいい,ふつうは後者の意味で用いる。このような官庁組織は,7世紀後半から8世紀初めにかけて形成された。…

【律令制】より

…まず中央には天皇の居所,官庁の所在地,官人の居住地として,整然とした条坊区画をもつ都城が営まれた。そこに具現された律令中央官制にはまず祭祀をつかさどる神祇官,国政一般をつかさどる太政官(だいじようかん)の二官があったが,前者もまた後者の統轄下にあり,太政官が国家統治の最高機関としての地位を有していた。太政官内には,左右大臣・大納言からなる議政官組織(太政大臣は非分掌の職であり即闕の官)のもとに左右弁官局・少納言局の三部局が存在し,左弁官は中務(なかつかさ)・式部・治部・民部,右弁官は兵部・刑部・大蔵・宮内の各省をそれぞれ統轄した。…

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