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市川五郎兵衛 いちかわ ごろべえ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

市川五郎兵衛 いちかわ-ごろべえ

1572-1665 江戸時代前期の開拓者。
元亀(げんき)3年生まれ。上野(こうずけ)(群馬県)の郷士で,信濃(しなの)(長野県)佐久にうつりすむ。寛永3年小諸藩より開発許可状を得,8年鹿曲(かくま)川から約20kmの用水路を完成,のちに五郎兵衛新田村といわれる約70haの矢島原新田を開発した。寛文5年9月9日死去。94歳。名は真親(さねちか)。

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朝日日本歴史人物事典の解説

市川五郎兵衛

没年:寛文5.9.9(1665.10.17)
生年:元亀3(1572)
江戸初期の新田開発者。名は真親。幼名市左衛門。上野国甘楽郡羽沢村(群馬県南牧村)を本拠とする在地小領主の家に生まれる。五郎兵衛が生まれたころは,甲斐国(山梨県)の武田信玄とつながっていた。武田家滅亡後,徳川家康からの誘いを断って土着。文禄2(1593)年12月16日付で家康から領国内での鉱山開発,新田開発許可の朱印状をもらい,隣村砥沢村(南牧村)で砥石の採掘に当たるとともに,信濃国佐久郡内で新田開発を行った。寛永年間(1624~44)までに三河田新田,市村新田(ともに佐久市)と矢島新田(のちの五郎兵衛新田。長野県浅科村)の3新田を開発し,19年にはその功を賞されて小諸藩から新田中に150石の褒美地を与えられた。新田開発にかけた生涯といえるが,その基になった高度な用水路開削技術についてはまだよくわからない。<参考文献>斎藤洋一「五郎兵衛用水の掘貫を掘ったのは誰か」(『水と村の歴史』6号)

(斎藤洋一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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