帯方(読み)たいほう(その他表記)Taebang

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「帯方」の意味・わかりやすい解説

帯方
たいほう
Taebang

朝鮮,西海岸中央部 (現黄海道周辺) の古地名。帯方という名称はすでに楽浪郡の属県として『漢書』に現れるが,『三国志魏志東夷伝によると魏 (曹魏) 時代の遼東太守公孫度の子,公孫康は3世紀前半,新興の韓,濊や倭の勢力を規制する目的で楽浪郡の南部に新郡を設置した。これが帯方郡である。有名な倭の女王卑弥呼と魏の通交も帯方経由で行われ,広開土王碑によると北上する倭軍と高句麗が帯方周辺で戦ったとされている。帯方郡は公孫氏の滅亡後,魏,次いで晋の支配下におかれたが,313年楽浪郡が高句麗によって陥落するのと前後して韓,濊諸族によって滅ぼされた。

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