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卑弥呼 ひみこ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

卑弥呼
ひみこ

3世紀前半頃,邪馬台 (やまたい) 国を統治したと伝えられる女王。「ひめこ」とも読む。邪馬台国の所在地によって,九州の女酋とする説と,神功皇后,ヤマトヒメノミコト (垂仁天皇の娘) ,ヤマトトトヒモモソヒメノミコト (孝霊天皇の娘) などにあてる説とがある。『三国志』の『魏志』東夷伝のうちの倭人 (わじん) の条 (→魏志倭人伝 ) によれば,帯方の南東の大海中にあった倭人の国は,多くの部落国家に分かれ,男王が統治していた。2世紀後半,大いに乱れ,部落国家が抗争していたが,3世紀前半に女王卑弥呼を擁立して連合国家的組織をつくり,国内は安定した。卑弥呼は「鬼道に仕え,よく妖をもって衆を惑わ」し,その姿を見た者はまれであった。一生夫をもたず,政治は弟の輔佐によって行なわれた。武装した兵士に警備された壮大な宮室を営み,常に 1000人の婢にかしずかれ,取り次ぎは居室への出入りを許された1人の男によって行なわれた。中国の景初2 (238) 年 (一説に景初3年) 第1回の使節を魏に遣わし,生口 (奴婢) や布を献じた。これに対して明帝は,卑弥呼に親魏倭王の称号と金印紫綬とを与え,かつ錦,絹,刀,銅鏡,真珠などを贈った。また邪馬台国狗奴国と交戦した際,魏は詔書を送ってこれを励ましたという。卑弥呼が死ぬと,径百余歩の塚を築き,女婢百余人とともに葬られた。そののち男王が立ったが,国中が服さず,卑弥呼の一族で 13歳になる少女壹与が女王となって国中が治まったという。

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デジタル大辞泉の解説

ひみこ【卑弥呼】

3世紀ごろの邪馬台国の女王。「魏志倭人伝」によれば、30余国を統治し、239年にの明帝に朝貢し、親魏倭王の称号と金印とを受けたとされる。ひめこ。

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百科事典マイペディアの解説

卑弥呼【ひみこ】

〈ひめこ〉とも。《魏志倭人伝(ぎしわじんでん)》に記された3世紀初めごろの邪馬台(やまたい)国の女王。鬼道に仕え,よく衆を惑わすとあり,巫女(みこ)的性格をもつと考えられる。
→関連項目和泉黄金塚古墳絹織物冊封体制シャマニズム臺與

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

卑弥呼 ひみこ

?-247? 「魏志倭人伝(ぎしわじんでん)」にみえる邪馬台国(やまたいこく)の女王。
180年代の初めごろ王位についた。鬼道(呪術(じゅじゅつ))にすぐれ,政治は弟がたすけていたという。239年(景初3)魏(中国)に朝貢し,皇帝から親魏倭王の称号,金印紫綬(しじゅ),銅鏡などをおくられた。247年狗奴(くな)国と対立し,その戦乱のなかで死んだらしい。名は「ひめこ」ともよむ。

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朝日日本歴史人物事典の解説

卑弥呼

生年:生没年不詳
3世紀前半ごろ,北部九州または近畿(大和)にあった邪馬台国の女王。名の卑弥呼は当時の日本語を中国語音で表記したもので,個人名でなく,ヒメコ(日女子),ヒノミコ(日の御子),ヒメミコ(日女御子)など太陽の霊威を身に付けた女性を意味する首長の地位または称号。『日本書紀』などにみえる天照大神,神功皇后,倭姫命,倭迹迹日百襲姫といった神話・伝説上の実在しない人物に当てる説があるが根拠はない。『魏志』倭人伝,『後漢書』倭伝などによると,180年前後から倭国に争乱が続いた末,諸国の首長たちが共に立てて女王としたのが卑弥呼である。宮殿,楼観,城柵を設けた居所に兵士に守られて住み,人々の前に姿を現すことなく,「鬼道」と呼ばれる霊魂と直接交感できる呪術宗教的職能をもって国を統治する独身の老女であったが,弟がそれを補佐したという。「鬼道」は北アジアなどのシャーマニズムを行う巫女と同じとみる説をはじめ,中国の民俗的な道教の一種である五斗米道や太平道のこととする説などがあるが,『魏志』高句麗・韓伝にみえる高句麗や諸韓国の類例から推して農耕神(穀霊)に働きかける司祭的首長であった可能性もある。他方,卑弥呼は魏が成立すると外交に携わり,景初3(239)年帯方郡を経て洛陽に朝貢し,生口(奴婢)などを献上し,代わりに少帝から親魏倭王の称号と金印紫綬,銅鏡,大刀などの王位の象微物を授かった。同4年にも使を遣わし,6年,魏は狗奴国との戦争状態にあった邪馬台国に黄幢を与えて支持した。8年にも魏に支援を求めた結果,詔書,黄幢と檄がもたらされた。しかしこの戦乱のころ,卑弥呼は死んだらしく,大夫の難升米に詔書などが与えられている。死ぬと径百歩余の冢(墓)が造られ,多数の奴婢の殉葬が行われたという。死後,男王が立ったが争乱が起こり,一族の台与を女王に就けて収拾したと伝える。 3世紀当時,中国,朝鮮では女王の例はなく,しかも首長たちが共同で王を立てるのも稀であった。倭国で女性の卑弥呼が邪馬台国の王となり,魏との外交により倭王の号を認められたのは,その霊媒的能力を備えたことのほか,邪馬台国が倭国の国々の中で末盧,伊都,奴などよりも首長層を多数擁するような政治的身分的に先行した社会であったことが要因であろう。また卑弥呼に続き,台与が女王となったように,倭国では女性首長の存在が認められるような家族,社会の構造が基礎にあった。邪馬台国の王権は卑弥呼と弟の男女ふたりの首長が権力を分掌したとみなす考えや,弟が最高首長で卑弥呼はその地位を保証する近親女性であるとする説がある。なお卑弥呼の墓が考古学上の弥生時代か古墳時代かのどちらに属すかが問題であるが,3世紀を古墳時代に入るとする見解では大和東南部の纏向遺跡(桜井市)や箸墓古墳(同)などを重視する。邪馬台国の所在地論は卑弥呼の墓と密接に関係するが,各種の首長が重層的に支配秩序を形成する形の邪馬台国的な政治社会や初期的国家は,当時,北部九州,瀬戸内海沿岸部,近畿など各地にあったと考えられる。<参考文献>石原道博編訳『新訂魏志倭人伝・後漢書倭伝・宋書倭国伝・隋書倭国伝』,佐伯有清『研究史邪馬台国』,同『研究史戦後の邪馬台国』,鈴木靖民「魏志倭人伝検討のための二,三の視角」(『国学院雑誌』83巻11号),王金林『邪馬台国と古代中国』

(鈴木靖民)

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防府市歴史用語集の解説

卑弥呼

 邪馬台国[やまたいこく]の女王です。魏[ぎ]の国に使いを送って、鏡100枚をもらったとされています。

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日本の企業がわかる事典2014-2015の解説

卑弥呼

正式社名「株式会社卑弥呼」。英文社名「HIMIKO Co., Ltd.」。卸売業。昭和51年(1976)設立。本社は東京都渋谷区神宮前。服飾雑貨製造・販売会社。靴・バッグなどの企画・開発を行う。婦人靴中心。卸売りのほか直営店での小売りも展開。JASDAQ上場。証券コード9892。

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世界大百科事典 第2版の解説

ひみこ【卑弥呼】

?‐247?
魏志倭人伝》に見える邪馬台国の女王。178‐183年(後漢霊帝の光和年間)ごろに倭国で戦乱があり,卑弥呼が倭国内の諸小国の首長によって邪馬台国の王に共立された結果,邪馬台国をふくむ倭国の戦乱は,いちおう終息した。卑弥呼は,呪術的宗教の司祭にたけ,民衆を心服させる能力を備えていた。卑弥呼は,結婚適齢期に達していたが,夫はおらず,現実的な政治の面は,弟に助力をあおいで国を治めていた。卑弥呼は,王となって以来,人々の前に姿をあらわすことがなく,ただ1人の男子が,卑弥呼に飲食を給し,事柄の伝達のために,卑弥呼の居室に出入りしていた。

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大辞林 第三版の解説

ひみこ【卑弥呼】

「三国志」魏書東夷伝倭の条(いわゆる「魏志倭人伝」)によって知られる邪馬台国の女王。三世紀、倭国の大乱の中で各地の政治集団によって共立され、これらを呪術的能力によって統率したが、司祭者としての性格が強く、その王権は不安定であった。239年、魏に使いして「親魏倭王」の称号と金印紫綬とを賜った。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

卑弥呼
ひみこ

生没年不詳。「ひめこ」とも読める。『魏志倭人伝』(ぎしわじんでん)にみえる弥生(やよい)文化後期の倭の女王。2世紀後半(後漢(ごかん)の桓(かん)帝・霊(れい)帝の時代)に起きた倭の大乱は、倭国内の小国群が邪馬台(やまたい)国の一女子卑弥呼を倭の女王に「共立」することによって鎮まった。卑弥呼は神の妻として「鬼道」に長じ、結婚せず、シャーマン的王として人々を臣服せしめた。倭王になって以来、神に仕えるために宮殿にこもり、人々の前に姿をみせなかったという。彼女に飲食を給し、辞を伝えるのは1人の男子だけであり、一方においては婢(ひ)1000人が侍するというように神秘的ベールに包まれていた。卑弥呼には男弟があり、卑弥呼の意(神の託宣)に従い政治的・軍事的政務を担当したという。卑弥呼は239年(景初3)に難升米(なんしょうまい)らを帯方(たいほう)郡、そして洛陽(らくよう)に派遣し、生口(せいこう)・斑布(はんぷ)を献上して魏に朝貢した。魏は卑弥呼を「親魏倭王」に任命し、金印紫綬(しじゅ)を賜与した。
 243年(正始4)には伊声耆(いせいき)・掖邪狗(えきやく)らを朝貢させたが、その後、南に位置する男王・卑弥弓呼(ひみきゅうこ)を擁する狗奴(くな/くぬ)国との戦争に突入した。卑弥呼は247年、魏に載斯烏越(さいしうえつ)を派遣し、その戦況を報告せしめている。魏は卑弥呼の要請にこたえたのか国境警備官の張政(ちょうせい)を介して詔書・黄幢(こうどう)を倭にもたらしたという。卑弥呼はその前後に死んだらしく、その墳墓は径100余歩(約120メートル)を数え、奴婢100余人が殉葬された。その後、男王がたったが、国中が従わず、卑弥呼の一族の女で年13の壹与(いよ)が擁立されて内乱は終息した。卑弥呼に関しては記紀のどの人物に比定されるかが問題とされており、邪馬台国の位置論争とのかかわりのなかで、天照大神(あまてらすおおみかみ)、神功(じんぐう)皇后、倭姫命(やまとひめのみこと)、倭迹迹日百襲姫(やまとととひももそひめ)命が候補にあがっている。その倭の女王卑弥呼が皇室系譜に当然入るべきという先入観は学問的とはいえない。卑弥呼は「だれか」よりも「いかなる人物か」を政治・外交・社会・宗教など多面的側面から明確にすることが肝要である。[関 和彦]

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世界大百科事典内の卑弥呼の言及

【冊封】より

…後世ではたとえば清制の貴妃や親王,郡王,貝勒(ベイレ),公主,夫人等の任命をこの語でよんだように,封侯身分と観念されるものの叙任を意味した。冊封の対象は内臣にとどまらず外族にも及び,倭の女王卑弥呼が曹魏朝から〈親魏倭王〉に封ぜられたり,足利義満,豊臣秀吉が明朝から〈日本国王〉に封ぜられたのも冊封の例になる。冊書は本来は竹簡を編綴した竹冊であったが,後世は玉冊や綾錦の類も使用された。…

【女帝】より

…日本では592年(崇峻5)に即位したと伝えられる推古天皇が,存在確実な最初である。それ以前では,《三国志》魏志倭人伝に,2世紀末から3世紀後半まで女王卑弥呼(ひみこ)と台(壱)与(とよ)とが倭の邪馬台国を支配したとある。《日本書紀》では神功皇后が仲哀天皇の死後69年間摂政したとするが,史実かどうか疑わしい。…

【真珠】より

…【澁澤 龍
[中国と日本]
 中国の夏の時代(約4000年前)にすでに貢物として用いられ,《魏志倭人伝》が書かれた三国時代には,主要な薬の材料の一つでもあった。同伝には,魏王から卑弥呼に絹,金,銅鏡などとともに真珠,鉛丹各50斤を賜ったとある。また,邪馬台国の風俗,産物を述べた中に,真珠,青玉を出すとあり,邪馬台国でも真珠を採っていたと思われる。…

【帯方郡】より

…帯方郡はまた海を隔てた倭国に対する制圧の目的もあった。有名な3世紀前半ころの倭の女王卑弥呼の使者の魏への朝貢もこの帯方郡を経由するものであった。帯方郡は魏が238年,公孫氏を滅亡させるとともに楽浪・帯方2郡も同時に魏の支配下におかれたが,やがて西晋が魏に代わると西晋の支配におかれた。…

【ヒメ・ヒコ制】より

…この関係にもとづいて,兄弟姉妹が政治的・宗教的支配権を分掌する支配体制ができ上がった。その典型例は,邪馬台(やまたい)国の卑弥呼(ひみこ)と男弟による共治体制,賀茂神社の斎祝子(いつきのはふりこ)とその兄弟の神官による祭祀体制などにみられる。《古事記》の狭穂彦・狭穂姫(さほびこさほびめ)の物語などもヒメ・ヒコ制を念頭におかないと十分には理解できない。…

【邪馬台国】より

…《魏志倭人伝》によると,邪馬台国は,女王の都する所で,官に伊支馬(いきま),弥馬升(みましよう),弥馬獲支(みまかくき),奴佳鞮(ぬかてい)の四つがあり,7万余戸の人口があったという。この国の王は,2世紀末に近いころに倭国内の諸小国の首長によって共立された女性の卑弥呼(ひみこ)であった。女王以前には男王が立てられていたというが,当時の邪馬台国の王家は,卑弥呼が生まれた家の近親者によって王位が継承されていたということはなかったであろう。…

【倭迹迹日百襲姫命】より

…奈良県桜井市にある大規模な前方後円墳がそれだといわれる。姫を邪馬台国の卑弥呼(ひみこ)に比定する説もあるが,ともあれ大古墳の主という伝承自体,当時の巫女的女性の権威の大きさを物語っている。【倉塚 曄子】。…

※「卑弥呼」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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