常明寺門前町(読み)じようみようじもんぜんまち

日本歴史地名大系 「常明寺門前町」の解説

常明寺門前町
じようみようじもんぜんまち

[現在地名]伊勢市やまと

内宮と外宮の間、尾上おべ(部)坂を上り詰めた所を北に折れた町並である。大治元年(一一二六)五月一五日の治田売券写(光明寺古文書)に「常明寺所司僧」、仁平元年(一一五一)一二月一一日の畠地相博状案(同文書)に「常明寺別当」と記され、町名起源となった常明寺(明治維新後廃寺)がみえる。「勢陽雑記」によれば外宮神主度会氏の氏寺であった。「布留屋草紙」は「延暦廿一年神勅沙門空海住両大神加持」と記している。もと真言宗であったが、寛永年中(一六二四―四四)天台宗に改宗したという(宇治山田市史)

寛永二〇年の内外宮領図(神宮文庫蔵)裏書によれば家数一五、人数五八。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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