常暁(読み)じょうぎょう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「常暁」の解説

常暁 じょうぎょう

?-867* 平安時代前期の僧。
入唐(にっとう)八家のひとり。元興(がんごう)寺の豊安(ぶあん)に三論を,空海に密教をまなび,灌頂(かんじょう)をうける。承和(じょうわ)5年(838)唐(中国)にわたり,栖霊寺の文〓(“王へん”に「祭」)(ぶんさん)に太元帥法(たいげんのほう)と灌頂をうけ,華林寺の元照に師事。帰国後,山城(京都府)の法琳寺に太元帥明王像を安置し,修法院とした。貞観(じょうがん)8年11月30日死去。著作に「入唐根本大師記」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の常暁の言及

【請来目録】より

…東寺に伝えられるものは1341年(興国2∥暦応4)に叡山から寄進され,最澄が書写したものである。常暁(838‐839年在唐)の求法は揚州に限られるが,経典61巻,図像や法具類が記される。円行(838‐839年在唐)は空海の弟子で,長安青竜寺等に赴き聖教123巻,仏舎利,付嘱物,仏像,曼荼羅,法具を得ている。…

【大元帥法】より

…帥の字は読まないのが例。《続日本後紀》の840年(承和7)に,入唐の僧伝灯大法師位常暁が山城国宇治郡法琳寺に大唐より持ってきた太元帥の霊像を安置し,その秘法を伝えたという。常暁が小栗栖(おぐるす)法琳寺(あるいは大和国秋篠寺とも)の閼伽井の井戸に大元帥明王の像が出現したのを写し持って入唐し,唐にて鎮護国家の法を受け,日本に伝えたともいう。…

※「常暁」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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