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常暁 じょうぎょう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

常暁 じょうぎょう

?-867* 平安時代前期の僧。
入唐(にっとう)八家のひとり。元興(がんごう)寺の豊安(ぶあん)に三論を,空海に密教をまなび,灌頂(かんじょう)をうける。承和(じょうわ)5年(838)唐(中国)にわたり,栖霊寺の文〓(“王へん”に「祭」)(ぶんさん)に太元帥法(たいげんのほう)と灌頂をうけ,華林寺の元照に師事。帰国後,山城(京都府)の法琳寺に太元帥明王像を安置し,修法院とした。貞観(じょうがん)8年11月30日死去。著作に「入唐根本大師記」など。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

常暁

没年:貞観8.11.30(867.1.9)
生年:生年不詳
平安前期の真言宗の僧。入唐八家のひとりで,太元帥法を伝えた人物。山城小栗栖(京都市伏見区)あたりの捨て子という。元興寺豊安のもとで養育され出家,次いで空海に師事した。承和5(838)年,遣唐使船に乗り楊州に上陸。栖霊寺の文際から,逆賊調伏,鎮護国家の最秘法で,授法は国禁とされた太元帥法を相承した。さらに伝法阿闍梨となり,翌年帰朝。同7年宇治の法琳寺を太元帥法の道場とし,同年12月常寧殿で初めて修法。仁寿1(851)年太元帥法を後七日御修法(毎年正月8日から14日まで,宮中で玉体安穏・五穀豊穣などを祈願する修法)に準ずる国典とする勅許を獲得した。翌2年1月8日より宮中で例年修するに至り,後七日御修法を凌ぐ勢いで,途中絶えることなく明治4(1871)年まで続いた。常暁自身,抜群の霊力を持ち,斉衡3(856)年の大旱魃のときには太元帥法により祈雨に成功したと伝わる。同法は平将門の乱(939)の際にも,修して霊験あった。著書に『入唐根本大師記』などがある。弟子に寵寿。<参考文献>守山聖真編『文化史上より見たる弘法大師伝』

(正木晃)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の常暁の言及

【請来目録】より

…東寺に伝えられるものは1341年(興国2∥暦応4)に叡山から寄進され,最澄が書写したものである。常暁(838‐839年在唐)の求法は揚州に限られるが,経典61巻,図像や法具類が記される。円行(838‐839年在唐)は空海の弟子で,長安青竜寺等に赴き聖教123巻,仏舎利,付嘱物,仏像,曼荼羅,法具を得ている。…

【大元帥法】より

…帥の字は読まないのが例。《続日本後紀》の840年(承和7)に,入唐の僧伝灯大法師位常暁が山城国宇治郡法琳寺に大唐より持ってきた太元帥の霊像を安置し,その秘法を伝えたという。常暁が小栗栖(おぐるす)法琳寺(あるいは大和国秋篠寺とも)の閼伽井の井戸に大元帥明王の像が出現したのを写し持って入唐し,唐にて鎮護国家の法を受け,日本に伝えたともいう。…

※「常暁」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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