華林寺(読み)かりんじ

日本歴史地名大系 「華林寺」の解説

華林寺
かりんじ

[現在地名]堺市八田寺町

石津いしづ川に架かるたか橋の東方で、蜂田はちた神社の北西に位置する。高野山真言宗。清雲山と号し、本尊薬師如来。もと蜂田寺とも称した(泉州志)当寺は行基が最初に建立した寺とも伝え、鎌倉時代の成立とされる行基菩薩行状絵伝(家原寺蔵)に「花林寺」とみえ、行基一三歳の時の建立とある。「行基年譜」の行基三九歳、慶雲三年(七〇六)の項に「天皇和泉国和泉郡横山郷内以、横山蜂田寺并四十九院修理料杣被施入」とあり、文武天皇より当寺および四十九院の修理料所が施入されている。また文明一一年(一四七九)書写という行基菩薩縁起図絵詞(高野山正智院蔵)には「白鳳廿一年庚辰十一月十日始建立花林院、檀越蜂田薬澄麻呂等」とみえ、当寺が行基一三歳の時、蜂田薬澄麻呂らを檀越として建立されたことを伝えている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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