干溝村(読み)ひみぞむら

日本歴史地名大系 「干溝村」の解説

干溝村
ひみぞむら

[現在地名]小出町干溝

魚野うおの川に注ぐ小流大池おおいけ川上流にある。西に干溝新田が続くが地境は不分明。西と南は板木いたぎ村、東は芋川いもがわ(現湯之谷村)、北は佐梨上原さなしかみはら新田・佐梨原新田。口碑によると、集落はかつて字山鼻やまばな地内の大池原おおいけはらにあり、佐梨村の土豪大池大学なる者の開墾と伝え、のち字荒屋敷あらやしき桜田さくらだなどに変わったという。正保国絵図に村名がみえ、高三二〇石余。天和三年郷帳では浦佐組に属し、高四二一石二斗余、ほかに同所新田高一四一石三斗余がある。天和三年(一六八三)の亥御成ケ割付之事(駒形禧一氏蔵)では高三二一石三斗余で取米合計三六石六斗余、ほかに漆木一五〇本。「新編会津風土記」では家数八二、干溝新田村一九。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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