平井山城跡(読み)ひらいやまじようあと

日本歴史地名大系 「平井山城跡」の解説

平井山城跡
ひらいやまじようあと

[現在地名]三木市平井与呂木

三木合戦における羽柴秀吉の本陣。志染(しじみ)川と美嚢(みの)川の合流点付近の山上(青葉台団地の東山上)に位置し、三木城を俯瞰する位置にある。天正六年(一五七八)七月、織田信忠は神吉(かんき)城(現加古川市)を落したのち三木に移動、包囲陣地を構築した(「信長公記」巻一一)。その中核となったのが平井山である。尾根路は「太閤路」とよばれ、吉川(よかわ)方面に向かう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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