平岡城跡(読み)ひらおかじようあと

日本歴史地名大系 「平岡城跡」の解説

平岡城跡
ひらおかじようあと

[現在地名]本荘市内越 内越

いも川東岸の平野部、平岡の水田中にある。中世後期の城館跡。由利地方の館はほとんどが田地・集落を見下ろす高台にあるが、平岡城のみは平地にある。城主は打越氏で、岩倉いわくら館で敗北し、この地に移ったという。現在も北館きただての字名が残り、福山の長者屋敷ふくやまのちようじややしきにある岩倉館の北方にあるのでこの名があるという。西は芋川をもって自然の防御をなし、北東と南に二重の堀をめぐらした形跡がある。現在内堀の一部が郭の東にわずかに残り、郭は南北に長い変形した長方形である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 福山 白山

夏の暑さに体が慣れること。数日から数十日間で起こる短期暑熱順化と、数年または数世代にかけて起こる長期暑熱順化とがある。→寒冷順化[補説]近年では、冷房設備の普及にともない短期暑熱順化が起こりにくくなっ...

暑熱順化の用語解説を読む