平木田村(読み)ひらきだむら

日本歴史地名大系 「平木田村」の解説

平木田村
ひらきだむら

[現在地名]中条町平木田・平木田駅前ひらきだえきまえ

北東韋駄天いだてん(約五二メートル)があり、北は長政ながまさ新田(現岩船郡荒川町)西北小地谷おじや村、南は横道よこみち村に接する。元徳三年(一三三一)六月五日の海老名忠顕和与状(三浦和田氏文書)にみえる「村上村」は四至堺の記載などから当村一帯に比定される。村上村は延慶三年(一三一〇)忠顕が亡妻平氏(松弥)の所領のうちの一ヵ所で、忠顕に相伝されたのち和田茂実との間に堺相論が起こり、元徳三年に境を決めるなどして和与が行われた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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