日本歴史地名大系 「平谷町」の解説
平谷町
びようだにちよう
[現在地名]八幡市八幡平谷
「宮寺旧記」は応永一二年(一四〇五)以前と思われる記事の中で、当町の家並が藤木井より石清水八幡宮二の鳥居辺りまであったことを「二ノ鳥居ノ下山キワニ御厩アリ、放生大会御神馬ヲ被立、少シ南ニ道祖ノ神ノ社アリ、社ノ前ハ北平谷ノ在家廿余軒、南北一町也」と記す。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
「宮寺旧記」は応永一二年(一四〇五)以前と思われる記事の中で、当町の家並が藤木井より石清水八幡宮二の鳥居辺りまであったことを「二ノ鳥居ノ下山キワニ御厩アリ、放生大会御神馬ヲ被立、少シ南ニ道祖ノ神ノ社アリ、社ノ前ハ北平谷ノ在家廿余軒、南北一町也」と記す。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...