平谷町(読み)びようだにちよう

日本歴史地名大系 「平谷町」の解説

平谷町
びようだにちよう

[現在地名]八幡市八幡平谷

石清水(いわしみず)八幡宮宿院の南、放生(ほうじよう)川が東から北転した左岸にあり、北端は安居(あんご)橋西詰、南は城(じよう)ノ内(うち)町。町道の安居橋より藤木井(ふじきのい)までの一二五間と東行して大道(おおみち)までの三五間が町場。奈良・大坂など南からの八幡宮への参詣者は、当町大坂口より八幡宮表参道七曲(ななまがり)坂への道をとったため当町は賑った。慶長五年指出帳(「石清水八幡宮史」所引)では地子負担の町家は三七軒。

「宮寺旧記」は応永一二年(一四〇五)以前と思われる記事の中で、当町の家並が藤木井より石清水八幡宮二の鳥居辺りまであったことを「二ノ鳥居ノ下山キワニ御厩アリ、放生大会御神馬ヲ被立、少シ南ニ道祖ノ神ノ社アリ、社ノ前ハ北平谷ノ在家廿余軒、南北一町也」と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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