平野 運平
ヒラノ ウンペイ
明治・大正期の海外開拓家 南米ブラジル移民の先駆者。
- 生年
- 明治19(1886)年3月23日
- 没年
- 大正8(1919)年2月6日
- 出生地
- 静岡県小笠郡栗本村(現・掛川市)
- 旧姓(旧名)
- 榛葉
- 学歴〔年〕
- 掛川中卒,東京外国語学校卒
- 経歴
- 榛葉健蔵の三男に生まれ、中学卒業後、義兄に当たる平野家に入籍。明治41年第1回ブラジル移民の通訳としてサンパウロ州グワタバラ耕地に入り、副支配人となる。のち現地日本人の有志を集め広大な農園・平野植民地を開いた。昭和2年業績をしのび現地に鎮魂碑が建つ。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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平野運平 ひらの-うんぺい
1886-1919 明治-大正時代の海外開拓者。
明治19年3月23日生まれ。41年第1回ブラジル移民の通訳としてサンパウロ州にわたる。のち現地日本人の有志をあつめ,広大な農園,平野植民地をひらいた。マラリアで大正8年2月6日死去。34歳。静岡県出身。東京外国語学校(現東京外大)卒。旧姓は榛葉。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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