マラリア(読み)まらりあ(英語表記)malaria

翻訳|malaria

日本大百科全書(ニッポニカ) 「マラリア」の意味・わかりやすい解説

マラリア
まらりあ
malaria

代表的な熱帯病の一種で、ハマダラカの刺咬(しこう)によって媒介される三日熱マラリア原虫、四日熱マラリア原虫、熱帯熱マラリア原虫および卵型(らんけい)マラリア原虫の、単独または混合感染によっておこる原虫感染症をいう。感染症予防・医療法(感染症法)では4類感染症に分類されている。

 マラリアの語源はイタリア語のmal(悪い)とaria(空気)の合成語で、漢名は瘧(ぎゃく)であり、現存する日本最古の医書『医心方(いしんほう)』にもこの瘧の記載があって、「和良波夜美」の和名が付されているが、これは往時の童児に惨禍をもたらした童病(わらわやみ)の義とされている。古名の「おこり」は悪寒と発熱を繰り返して苦しむ発病(おこりやみ)の略称といわれるほか、時代や地方により瘧病(ぎゃくへい)、疫病(えやみ)、疫癘(えきれい)、瘴気(しょうき)熱、湖沼熱など別名が非常に多い。すなわち、かつての日本本土に三日熱マラリア、八重山(やえやま)列島などには三日熱マラリア、四日熱マラリアおよび熱帯熱マラリアの流行が知られていたが、現在の日本にはその自然感染はみられなくなっている。

 なお、第二次世界大戦の終結後は大陸や南方諸地域から574万人の復員帰還者があり、そのうち95万人がマラリアの既往を有し、43万人が帰国後に再発したものと推定されている。そのため、当時はかつて類をみないおびただしい数の感染源が日本に移入されたことになり、未曽有(みぞう)のマラリア禍が危惧(きぐ)されたにもかかわらず、国内数か所で局地的な流行例を認めたのみで、それも5年後にはほとんど終息している。これは、マラリアが比較的自然治癒の傾向が高い疾患であることが、有力な要因の一つになったものと考えられている。さらに、古くから日本に存在していた土着マラリアも漸次消滅し、本土では1960年(昭和35)以降、八重山列島などでも1962年以降はマラリアの自然発生が皆無となり、その結果、日本は現在、WHO(世界保健機関)から無マラリア国に指定されている。しかし、1970年代から、今度は熱帯諸国への渡航者や外来者によって国内にもち込まれる、いわゆる輸入マラリア患者の増加が注目されている。これは近年、熱帯・亜熱帯地方におけるマラリアの流行状況が著しく悪化し、しかも流行地を有する熱帯諸国との交流が増大している現状から、それに伴う感染者が増加していることを反映しているものと思われる。なお、マラリア常在地における地域的な流行の程度を知るには、その地に居住する通常2~9歳児の末梢(まっしょう)血中におけるマラリア原虫陽性率parasite rateと脾腫(ひしゅ)率spleen rateが有力な指標となる。

[大友弘士]

感染

マラリアの自然感染は、ハマダラカが吸血する際に、その唾液腺(だえきせん)から、カの体内で増殖したマラリア原虫のスポロゾイトが人体内に注入されておこる。また、輸血あるいは薬物中毒者にみられるような不潔な注射器の共用による感染のほか、マラリアに罹患(りかん)している母体からマラリア原虫が胎盤を通過して胎児に移行する先天感染も、まれにある。

[大友弘士]

潜伏期

マラリア原虫の種類によって異なるが、通常1~3週間である。しかし、ときには数週間から2、3年後に発病することがあり、予防薬の不完全内服者にこの傾向が著しい。

[大友弘士]

症状

発病するときは、頭痛、悪心(おしん)、食欲不振、筋肉痛、関節痛、全身倦怠(けんたい)感などの前駆症状が多くみられ、ついで三日熱マラリア、四日熱マラリアおよび卵型マラリアでは悪寒戦慄(せんりつ)をもって発病するが、熱帯熱マラリアの場合は冷感を訴えることがあっても、定型的な悪寒戦慄を欠くのが普通である。

 熱型は当初、不規則であるが、やがて三日熱マラリアと卵型マラリアでは48時間、四日熱マラリアでは72時間、熱帯熱マラリアでは36~48時間ごとの発熱発作をおこすようになり、これらの発熱周期は、いずれも赤血球内における病因原虫の分裂・増殖の周期と一致する。また、発熱発作は悪寒期、熱期、発汗期に区分され、その後に平熱に戻る無熱期となるが、熱帯熱マラリアの場合は熱期が長引いて高熱が稽留(けいりゅう)し、発汗も他のマラリアほど著明でなく、無熱期にも完全な平熱とはならないことが多い。しかし、どの種類のマラリアも慢性化したり、再発や不十分量の予防薬を服用して発病したときは、熱型が不規則になることが少なくない。

 発熱発作を反復すると赤血球がしだいに破壊され、貧血と脾腫をきたして消耗するが、マラリアに対する抗体が産生されると、発熱間隔が長引いてしばらく無熱状態が続いたり、ときには自然治癒することもある。

[大友弘士]

治療

古くからキニーネが使用されてきたが、その後プリマキン、クロロキン、ピリメサミンと持続性サルファ剤の合剤、メフロキンなどが相次いで開発され、これらの適切な投与によって完全治癒が期待でき、再発もほとんどみられなくなった。ただし、熱帯熱マラリアの治療に際しては、近年クロロキンなどに対する薬剤耐性マラリアが各地に出現しているので、治療薬の選択に注意を要する。

[大友弘士]

予後

三日熱マラリア、四日熱マラリアおよび卵型マラリアの3種はその経過が比較的良性で、死亡することはまれであるが、熱帯熱マラリアの経過は悪性で、治療が遅れると脳、腎(じん)、肝、肺などの主要臓器に重篤な合併症を併発したり、ショックに陥って死亡することがある。そのため、とくに早期診断に基づく治療を速やかに開始することが重要になる。

[大友弘士]

予防

媒介するハマダラカの駆除とカに刺されないようにすることと、感染源となる患者の完全治療が重要である。また、マラリアに対して無免疫の日本人などが流行地に赴くときには、医師に相談して化学的予防を行う方法もある。すなわち、流行地に入ったらその地に分布するマラリア原虫株に有効な抗マラリア薬を定期的に服用し始め、そこを去ってからも4~6週間継続し、最後にプリマキンを服用するが、副作用の発現を回避するため、かならず医師の指導に従い定期的に血液検査を受けることを忘れてはならない。2021年より、WHOは感染阻止ワクチンによる予防接種を流行地の子どもに推奨している。

[大友弘士]

疾病史

マラリア病原体を媒介するハマダラカは、日の当たるたまり水で繁殖するので、温帯、熱帯の湿地帯に多い。そのため病原体発見以前には、マラリアは沼地の瘴気(しょうき)に触れておこる病気と考えられたことが多く、18世紀に定着したといわれるこの名前もイタリア語の「悪い空気」という意味である。マラリアは熱帯から温帯に属する低湿地に古くから存在したと推測されている。エジプトミイラのうち内臓を取り出さずにつくられた古い時代のもののなかに、マラリアによると考えられる肝臓腫脹(しゅちょう)を示すものが発見されている。メソポタミアへの遠征中に死んだアレクサンドロス大王がかかった熱病もマラリアであろうといわれている。マラリアはいつの時代もヨーロッパの広い地域で人々を苦しめてきた。マラリアはひとりひとりの個人を侵しただけでなく、古代ギリシア・ローマの歴史にも大きな影響を与えたといわれている。マラリアは紀元前500年ごろにはすでにマグナ・グラエキアと小アジアに存在し、前5世紀後半にはギリシア本土に侵入、ペロポネソス戦争のころにはアッティカで大発生しており、前400年ごろにはギリシア世界の大部分で風土病として定着していた。そのためギリシアは、古代ローマに屈服したころはすでにマラリアによってその活力を衰えさせられていた。また、ローマ平野は古代から近世までの間に何度かの繁栄した時期を挟んで、ときどきまったく荒廃に任されていた時期があるが、この荒廃の原因もマラリアだという。

 マラリアは重大な病気ではあるが、場合によっては病気とみなされなかったこともある。すなわち、19世紀アメリカのミシシッピ川上流地域の住民の間や、リベリアのマノ人の間では、ほとんどだれもがマラリアにかかっているという理由で、マラリアは病気とはみなされていなかった。

 マラリアの病原体としてのマラリア原虫の発見は1880年のことである。マラリアの特効薬として1633年ころペルーからヨーロッパにもたらされたキナノキの樹皮から、その有効成分キニーネが抽出されたのは20世紀に入ってからのことである。しかし、スペイン人が接触する以前のアメリカ大陸にはマラリアは存在せず、キナノキもスペイン人が偶然に発見したものだとする説もある。マラリアの発熱にキナノキが特異的な効果を現すという事実は、当時の医学思想にも大きな影響を与えた。発熱は病気の際の体液の不均衡の一般的な現れであり、共通の症状と考えられていたが、キナノキの出現によって、さまざまな型の発熱がそれぞれ別の病気の現れと考えられるようになった。

 マラリアは人類の進化にも影響を及ぼし、抗マラリア遺伝子ともいうべきものを生み出した。その代表的な例が鎌状(かまじょう)赤血球性貧血で、この貧血は潜性遺伝でおこり、遺伝子がホモの個体は貧血により若年で死ぬが、ヘテロの個体はホモの個体に比べマラリアに対する抵抗力が高い。西アフリカのマラリア流行地域に長く居住してきた黒人の間でこの遺伝子をヘテロにもつ個体の割合が統計学的期待値よりも異常に高いのは、マラリアによる死亡率がホモの個体のほうが高いためである。類似の貧血である地中海貧血もマラリアに対する抵抗力を高めるもので、ヨーロッパ、中東のマラリア流行地域に多くみられるが、アジアの流行地(過去においてそうであった所を含めて)にもみられる。古病理学によれば、東地中海地域では前2000年よりずっと以前からマラリアが流行していたという。

 近代化、開発による生態系の急激な改変はしばしば新しい流行病をもたらすことがある。マラリアが新しい流行病となった例も少なくない。ハマダラカの発生に不都合な熱帯の密林が伐採され、開墾されると、そこに日当りのよい水たまりが多数出現し、ハマダラカの発生に好条件となり、マラリアが蔓延(まんえん)することになる。また、開発のための自然林伐採によるマラリア流行をあらかじめ予防しようとして散布したDDTが、生態系の他の側面に悪影響を与えた例もある。

[武井秀夫]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「マラリア」の意味・わかりやすい解説

マラリア
malaria

マラリア原虫の寄生によって起る病気。ハマダラカの刺咬によってヒトからヒトに伝播する。感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律で4類感染症と定義される。悪寒,戦慄を伴う 40℃前後の発熱が特徴で,熱型によって,三日熱,四日熱,熱帯熱に分けられる。普通はカに刺されてから 10~14日の潜伏期を経て発病する。3~6時間後発汗とともに下熱し,以後3日あるいは4日目ごとに発熱を繰返すが,熱帯熱の場合は不定型であり,また慢性化すると一般に熱型は不定になる。キニーネが長い間特効薬とされ,次いでアテブリン,プラスモヒンが開発され,第2次世界大戦後はリン酸クロロキンが使用されている。古くから人類を悩ました感染症で,熱帯では現在でも流行している。

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