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幸正能 こう まさよし

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

幸正能 こう-まさよし

1539-1626 織豊-江戸時代前期の能役者小鼓(こつづみ)方。
天文(てんぶん)8年生まれ。幸流の祖幸忠能の子。宗家2代。天正(てんしょう)3年毛利輝元(てるもと)の小鼓指南役として安芸(あき)(広島県)にいき,鼓伝授のかたわら前将軍足利義昭(よしあき)下向のために奔走。のち京都の金春座(こんぱるざ)小鼓方として活躍し,豊臣秀吉の愛顧をうけた。寛永3年死去。88歳。通称は五郎次郎。著作に「幸正能口伝(くでん)書」。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

幸正能

没年:寛永3(1626)
生年:天文8(1539)
戦国・江戸前期の小鼓役者。通称五郎次郎。法名月軒雲星。父は小鼓の名人宮増弥左衛門の弟子,幸四郎次郎忠能で幸流の祖。永禄7(1564)年父と共に石橋勧進能に出演。同11年には観世宗節と共に安芸国へ下向,厳島社の観世大夫法楽能に出演。天正3(1575)年将軍足利義昭の意を受け安芸国の毛利輝元の許へ赴き,鼓を教授しながら将軍下向のために尽力,以後義昭の愛顧を受け,のちには金春座の鼓方として豊臣秀吉にも重用された。北七大夫に「道成寺」を伝授するなど,その技量は衆人の認めるところであった。<参考文献>『幸正能口伝書』(能楽資料集成13巻)

(石井倫子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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