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広幡家 ひろはたけ

世界大百科事典 第2版の解説

ひろはたけ【広幡家】

正親町源氏の公家。正親町天皇の皇孫八条宮智仁親王(桂宮初代)の第3王子忠幸を家祖とする。すなわち忠幸が尾州藩主徳川義直の養子となった後,1663年(寛文3),40歳のときに源姓を賜って臣籍に下り,清華の列に加えられて広幡と称したのに始まる。代々家禄は500石を給せられ,豊忠,前豊,経豊など内大臣に昇る者が多く,朝廷内に重きをなした。幕末ごろの忠礼は議奏および国事御用掛などに任じ,維新後は麝香間祗候となり,1884年の華族令の制定に際し侯爵を授けられた。

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世界大百科事典内の広幡家の言及

【清華家】より

…すなわち三条家(俗称,転法輪)をはじめ,西園寺家およびその分流の今出川(菊亭)家徳大寺家(以上,閑院家流),また花山院家および大炊御門(おおいみかど)家(以上,花山院流)の藤原氏北家の流れをくむ6家に,源氏の久我(こが)家を加えた7家をいう。ところが江戸時代の初め,一条昭良(後陽成天皇の皇子)の男冬基が醍醐家を,また八条宮智仁親王の子忠幸が広幡家を興し,ともに清華家に列せられ,九清華となったが,この両家より太政大臣に昇った例はない。なお1884年7月の華族令の制定に当たっては,いずれも侯爵に列せられたが,三条家のみは当主実美の幕末維新の功業により公爵を授けられた。…

※「広幡家」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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