広橋殿町
ひろはしどのちよう
中央を東西に一条通(旧一条大路)が通り、東は烏丸通(旧烏丸小路)。
平安京の条坊では、中央以南は左京北辺三坊の北東の地で、平安中期以降は一条大路烏丸小路西の地。
中昔京師地図は、当地辺りに「木クサクシ」と記し、中古京師内外地図には「木屋薬師」とあり、中世に木屋薬師堂があった。「坊目誌」は、その他町名にかかわる公家広橋家の屋敷と、二条天皇の母源懿子の宮殿があったと記すが不詳。広橋家の屋敷は慶長年中(一五九六―一六一五)皇居地内の日の御門前に移ったという。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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