広正寺(読み)こうしようじ

日本歴史地名大系 「広正寺」の解説

広正寺
こうしようじ

[現在地名]嵐山町広野

広野ひろのの北部、前方かす川、関越自動車道を望む滑川なめがわ町境の小高い丘陵の麓に位置する。曹洞宗。高木山と号し、本尊阿弥陀如来開基高木広正開山は元和六年(一六二〇)に没した起山洞虎。もとは現越生おごせ龍穏りゆうおん寺の末で万福まんぷく寺と号していたが、近世広野村の地頭になった旗本高木甚左衛門正綱が父筑後守広正の追福のため、いちかわ(現東松山市)永福えいふく寺の洞虎を招き中興、開基を父広正として、慶長一六年(一六一一)に開創した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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