コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

壬生氏 みぶうじ

2件 の用語解説(壬生氏の意味・用語解説を検索)

世界大百科事典 第2版の解説

みぶうじ【壬生氏】

下野の中世土豪。都賀郡壬生(現,栃木県下都賀郡壬生町)を本拠とする。円仁(えんにん)を生んだ古代壬生氏の後裔とも,また京都官務家壬生家の庶流ともいわれる。15~16世紀に胤業,綱重,綱房,綱雄,義雄の5代にわたり繁栄。胤業が壬生城を築城,綱重は鹿沼まで進出,やがて鹿沼城を築いてここに移り日光山への進出を図った。綱房は日光山神領惣政所職ともなっている。綱雄が一族の内紛で殺されたのち,義雄が1590年(天正18)豊臣秀吉小田原攻めで後北条方に属したため,壬生氏は族滅した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

壬生氏
みぶうじ

律令制の成立以前、皇子の養育料を負担するためにおかれた壬生部から生じた氏族。姓は臣(おみ)・連(むらじ)・公(きみ)・直(あたい)・首(おびと)などであり、山城・伊賀・駿河・伊豆・甲斐・相模・武蔵・常陸・美濃・上野(こうずけ)・下野(しもつけ)・若狭・出雲・備中・肥後など諸国に所在した。また、宮城門の1つである美福門(びふくもん)は、818年(弘仁9)の改名以前は壬生門と称されており、壬生氏が守衛の任にあたっていた。『新撰姓氏録』には、河内国「皇別」に天足彦国押人命(あめたらしひこくにおしひとのみこと)の後裔と伝えられる壬生臣、同国「未定雑姓」に崇神天皇(すじんてんのう)の後裔という壬生部公が載録されている。そのほか『常陸国風土記』行方郡(なめかたぐん)条には、653年(白雉4)に同郡の郡家を設置した人物として、那珂国造(なかのくにのみやつこ)壬生直夫子(みぶのあたいおのこ)や、開発伝承でも知られる茨城国造壬生連麻呂(みぶのむらじまろ)の名がみえる。時代を下れば、慈覚大師(じかくだいし)円仁は下野国の壬生氏の出身であり、歌人として有名な壬生忠岑(ただみね)・忠見(ただみ)親子もいる。[西村さとみ]
『佐伯有清著『新撰姓氏録の研究 研究篇』(1963・吉川弘文館)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の壬生氏の言及

【壬生部】より

…7世紀後半に壬生部制は廃止され律令制が成立すると,東宮(皇太子)の資養物は東宮雑用料として,その他の親王,諸王は皇親時服(じふく)料や王禄として支給されることとなって,特定の人民をさき与えることはなくなった。また壬生部をもとに氏としての壬生氏が生じており,壬生直,壬生部,壬生部臣,壬生部直,壬生部君などがある。それらは山背,伊賀,駿河,下総,武蔵,常陸,美濃,若狭,丹後,讃岐,筑前,豊後など全国的に散在していた。…

※「壬生氏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

壬生氏の関連キーワード足尾壬生藩栃木独協医科大学しもつけにしかたみかもみぶ石井伊左衛門神永市兵衛

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

壬生氏の関連情報