コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

壬生氏 みぶうじ

世界大百科事典 第2版の解説

みぶうじ【壬生氏】

下野の中世土豪。都賀郡壬生(現,栃木県下都賀郡壬生町)を本拠とする。円仁(えんにん)を生んだ古代壬生氏の後裔とも,また京都官務家壬生家の庶流ともいわれる。15~16世紀に胤業,綱重,綱房,綱雄,義雄の5代にわたり繁栄。胤業が壬生城を築城,綱重は鹿沼まで進出,やがて鹿沼城を築いてここに移り日光山への進出を図った。綱房は日光山神領惣政所職ともなっている。綱雄が一族の内紛で殺されたのち,義雄が1590年(天正18)豊臣秀吉の小田原攻めで後北条方に属したため,壬生氏は族滅した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

壬生氏
みぶうじ

律令制の成立以前、皇子の養育料を負担するためにおかれた壬生部から生じた氏族。姓は臣(おみ)・連(むらじ)・公(きみ)・直(あたい)・首(おびと)などであり、山城・伊賀・駿河・伊豆・甲斐・相模・武蔵・常陸・美濃・上野(こうずけ)・下野(しもつけ)・若狭・出雲・備中・肥後など諸国に所在した。また、宮城門の1つである美福門(びふくもん)は、818年(弘仁9)の改名以前は壬生門と称されており、壬生氏が守衛の任にあたっていた。『新撰姓氏録』には、河内国「皇別」に天足彦国押人命(あめたらしひこくにおしひとのみこと)の後裔と伝えられる壬生臣、同国「未定雑姓」に崇神天皇(すじんてんのう)の後裔という壬生部公が載録されている。そのほか『常陸国風土記』行方郡(なめかたぐん)条には、653年(白雉4)に同郡の郡家を設置した人物として、那珂国造(なかのくにのみやつこ)壬生直夫子(みぶのあたいおのこ)や、開発伝承でも知られる茨城国造壬生連麻呂(みぶのむらじまろ)の名がみえる。時代を下れば、慈覚大師(じかくだいし)円仁は下野国の壬生氏の出身であり、歌人として有名な壬生忠岑(ただみね)・忠見(ただみ)親子もいる。[西村さとみ]
『佐伯有清著『新撰姓氏録の研究 研究篇』(1963・吉川弘文館)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

世界大百科事典内の壬生氏の言及

【壬生部】より

…7世紀後半に壬生部制は廃止され律令制が成立すると,東宮(皇太子)の資養物は東宮雑用料として,その他の親王,諸王は皇親時服(じふく)料や王禄として支給されることとなって,特定の人民をさき与えることはなくなった。また壬生部をもとに氏としての壬生氏が生じており,壬生直,壬生部,壬生部臣,壬生部直,壬生部君などがある。それらは山背,伊賀,駿河,下総,武蔵,常陸,美濃,若狭,丹後,讃岐,筑前,豊後など全国的に散在していた。…

※「壬生氏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

壬生氏の関連キーワード宇都宮忠綱新撰姓氏録壬生藩鹿沼市鹿沼藩美福門

今日のキーワード

異常天候早期警戒情報

5日から 8日先を最初の日とする 7日間の平均気温がかなり高い,またはかなり低い確率が 30%以上と見込まれる場合に注意を呼びかけるため気象庁から発表される情報。低温や猛暑が長く続くと,人の活動や農作...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

壬生氏の関連情報