延沢銀山跡(読み)のべさわぎんざんあと

日本歴史地名大系 「延沢銀山跡」の解説

延沢銀山跡
のべさわぎんざんあと

[現在地名]尾花沢市銀山新畑・延沢

元禄二年(一六八九)の延沢銀山村絵図(藤家蔵)によれば、出羽から陸奥加美かみ(現宮城県加美郡)に抜ける街道に沿って、西から上柳渡戸かみやなぎわたりど村、村境に十分一番所跡、新町・籠屋敷・御札場・本町と続き、大滝を越えた北側の山にいくつかの間歩が開け、かみはた村に続く。その東は藩境銀山峠である。野辺沢銀山とも記す。慶長年間(一五九六―一六一五)銀鉱が発見され、最上氏の臣野辺沢氏が経営にあたっていた。元和八年(一六二二)山形藩鳥居氏領となり、寛永一一年(一六三四)幕府は勘定頭伊丹播磨守康勝に検分させ、幕府の公儀山にしたという。幕府は伊丹播磨守の家臣黒沢八右衛門を山中惣横目として派遣したが、山形藩鳥居氏からも高須源兵衛・鳥山和泉の二人を従来どおり銀山改奉行に任じている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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