建部池田氏陣屋跡(読み)たけべいけだしじんやあと

日本歴史地名大系 「建部池田氏陣屋跡」の解説

建部池田氏陣屋跡
たけべいけだしじんやあと

[現在地名]建部町中田

津高つだか中田なかだ村に置かれた岡山藩家老池田(森寺)(一万四千石、のち一万石)の陣屋。寛永九年(一六三二)の池田光政備前入国後、知行割を受け、作州福渡ふくわたり口への備えとして設けられた。津山往来沿いの町屋敷(建部新町)とその西に続く御茶屋・侍屋敷とからなり、貞享元年(一六八四)の蔵入并知行高村分帳(池田家文庫)によると高七〇石余、「撮要録」では高七一石余・五町三反余。町場の南端に近い辺りから西に作り道が付けられ、侍屋敷、その奥に御茶屋が置かれていた。侍屋敷の入口にあたる辺りに町家と隔てる門(表門)があり、侍屋敷の周りは藪で囲まれ、北と西に門があった。御茶屋は侍屋敷より一段高くなっており、四囲を水濠がめぐり、さらに藪で囲まれていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む