廿六日町(読み)にじゆうろくにちまち

日本歴史地名大系 「廿六日町」の解説

廿六日町
にじゆうろくにちまち

[現在地名]八戸市廿六日町

八戸城下の中央西寄り、裏町通沿いに位置する町人町。東は十六日(じゆうろくにち)町、西と南は本鍛冶(もとかじ)町、北は廿三日(にじゆうさんにち)町に接する。中央を南西から北東へ街路が通る。文久年間(一八六一―六四)の八戸御城下略図に「廿六日町 一ツニ七ツ屋ト云」とあり、町家とされる。西端の町組(まちくみ)町に接する街路は神明前(しんめいまえ)とある。別名七ッ屋(ななっや)と称し、御勘定所日記の元文五年(一七四〇)二月三〇日条に「七ツ屋清五郎造酒御封印桶数」とある。八戸藩創立以前は七軒の農家しかなかったからといわれる(八戸藩史料)。

八戸藩日記の延宝二年(一六七四)四月二九日条に「廿六日町利右衛門、八兵衛両人間より出火、廿三日町無残新町まて家数廿八間半焼失」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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