日本大百科全書(ニッポニカ) 「引茶」の意味・わかりやすい解説
引茶
ひきちゃ
茶葉を粉末にした抹茶(まっちゃ)のこと。碾茶(てんちゃ)ともいう。行茶、挽茶の字をあてることもある。一条兼良(いちじょうかねら)の『公事根源(くじこんげん)』によると、聖武(しょうむ)天皇の729年(天平1)禁中で衆僧を召して『大般若(だいはんにゃ)経』を読経させる季御読経(きのみどきょう)の制度が始まり、その第2日に衆僧に茶を賜る儀式があり、これを「引茶」または「行茶」と称していた。季御読経はのち春秋二季に行われるようになったが、引茶は春のみに行われた。当時の茶は、団茶(だんちゃ)を砕いて薬研(やげん)で挽(ひ)いて粉末にし、湯が沸騰した釜(かま)の中に投じ、茶盞(ちゃさん)に入れていくもので、抹茶ではなかった。鎌倉時代、中国(宋(そう)代)から抹茶による飲茶法がわが国に移入され、茶園で茶を挽くという意から、引茶の字が使われるようになり、抹茶の異称となった。『南方録(なんぽうろく)』に「唐ニテハ ヲノヲノ茶ヲ煎(せん)ジテ賞翫(しょうがん)スルコトノミ也(なり)、日本ニテハ引茶専(もっぱら)ニ被用、唐ニテモ引茶マレマレ用ルト見ヘタレドモ、日本ノヤウニテハナシ」とあり、江戸期に入ると抹茶の代名詞となっていることがわかる。
[筒井紘一]