人物、事物、場所などを指示する機能をもった文法要素。言語外に存在する特定の対象物、または文脈中にある特定の語句を、話し手が聞き手に対して言語表現を使って明示することを「指示」とよび、その言語表現を「指示表現」とよぶ。また、指示表現には「指示機能がある」という。指示表現によって指示されるもの(「指示対象」)が発話の場面内(あるいは話し手・聞き手の記憶中)にある場合、それに対する指示表現は、話し手・聞き手・指示対象の互いの位置関係によって変動しうる(たとえば、話し手が「これ」というものを、聞き手が「それ」とよぶことがある)。一方、指示対象が文脈中の語句である場合は、話し手が指示対象をどうとらえるかによって、指示表現が使い分けられる(たとえば、とくに身近なものとみた場合「これ」が、それ以外の場合は「それ」が使われる)。
ヨーロッパの伝統的文法では、代名詞を、人称、指示、再帰、関係、疑問、不定などの種類に分けるのが通例である。人称代名詞は、話し手(一人称)、聞き手(二人称)、それ以外の第三者(3人称)の三つに分けられるが、3人称は人に限らず事物をも指示する。ヨーロッパ語の人称代名詞は、限られた少数の語からなる整然とした体系をなして、他の代名詞と異なる類をつくるが、日本語の代名詞は一つの人称に対して多数の語が対応し、その使い分けは話し手と聞き手との社会的関係に応じて決まる。指示代名詞は、話し手を中心にみた指示対象の位置を示す(英語‘this/that’「これ・それ・あれ」など。なお、指示代名詞だけが指示機能をもつわけではないことに注意されたい)。再帰代名詞は、指示対象が同一文中にあるときに使われる代名詞である(英語‘myself, yourself, itself’など。日本語では「自分」が再帰代名詞に相当する)。関係代名詞はヨーロッパ語に広くみられるもので、名詞を修飾する形容詞節(「関係節」とよぶ)をつくる働きをもつ(英語‘the man who loves Mary’のwhoは‘the man’を指示する代名詞であると同時に、‘who loves Mary’という関係節をつくる。日本語には関係代名詞がない)。疑問代名詞(英語‘who, what’「だれ・何」など)は、疑問の対象となる人や事物を表すのであるから、特定の対象を指示することを本質とする代名詞とは異質のもので、「疑問名詞」とよぶべきものである。また、不定代名詞(英語‘somebody, nobody’「だれか・だれも」など)は、不特定の一部または全部を示すのであり、これも指示機能はもたないのだから、「不定名詞」とすべきものである。
英語人称代名詞の‘my, your’などは、名詞でなく形容詞の働きをする(これらをとくに「所有代名詞」とよぶことがある)。英語の‘here, there’は副詞であるが、‘this, that’と同じく指示機能をもつ。また、‘here’と‘there’の意味関係は‘this’と‘that’の意味関係と対応する。日本語では「これ・ここ・こちら・こいつ・この・こんな・こう」が語源コ‐に基づく系列をつくるが、これとまったく並行してソ‐およびア‐による系列が存在する(これにド‐による不定の系列を加えて「こそあど」とよぶことがある)が、ここには形容詞、副詞も含まれる。以上の語は、すべて指示機能をもつという点で一つの類としてとらえられるものであるから、かならずしも適当ではない代名詞という用語にかわって、「指示詞」ないし「指示語」という呼び方が行われることもある。
[山田 進]
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…アフリカのバントゥー系の諸言語その他では名詞が〈クラス〉と呼ばれる数多くの下位範疇に分かれている(〈スワヒリ語〉の項参照)。また,いわゆる代名詞が一般の名詞と同様の理由で区別されていることが確認され,代名詞と一般の名詞との機能の面での共通性からそれらが品詞としては同一のものに属することが一方において確認されるなら,それらは一つの品詞の中で別々の下位範疇を形成することになる。ただし,下位範疇の中にもヒエラルキーがありうる(たとえば,品詞Aかつ下位範疇BとCから成り,Bは下位範疇DとEから成るとすると,D,EはAの下位範疇であるだけでなく,Bのそれでもある)と考えられ,この面での一般言語学的な,また個別言語に即しての研究はまだまだ不十分である。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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